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漫画の話です。

「translucent」に見る、少女の素朴な恋心

トランスルーセント 5―彼女は半透明 (MFコミックス)

トランスルーセント 5―彼女は半透明 (MFコミックス)

体の一部、あるいは全部が、周期的に半透明、もしくは透明になってしまう病気・透明病。この病気にかかってしまった演劇部に所属する中二の少女・白山しずかと、そんな彼女が気になる男子・唯見マモル。ある日、しずかは全身が完全に透明になってしまい、学校に来なくなってしまう……

今月の私的大ヒット漫画。完結して二年近く経ってるけど。

この漫画の何がいいって、主人公である白山しずかの恋心がとても丁寧に繊細に素朴に、そして大胆に描かれていることです。

しずかちゃんはもともと引っ込み思案な子で、透明病のことをさっぴいても存在感の余りない子です。そんな彼女の恋心は、やっぱりなかなか表に出せないもの。
しかも相手の唯見マモルは、総天然印のお子ちゃまで、激ニブチン。この年頃は女子のほうが大人びるとはいっても、それを補って余りあるほどに純真です。子供です。

けれど、しずかちゃんはそんな唯見の純真さにこそ惹かれているのです。
キラキラした眼で世界を楽しんで、大事なものは真顔で大事だといい、納得できないことには全身で抵抗する。
そのあふれんばかりの存在感に、しずかちゃんは自分の性格、そして病気の対極にあるものとして、強く憧れているのだと思います。


体が透明になってしまうという病気を抱えているしずかちゃん。そのコンプレックスは、時として彼女に自分自身の存在すらあやふやであると感じさせます。

「ときどき自分でもわからなくなるの」
「本当にあたしはここにいるんだろうかって……」


「唯見くん… あたしがここにいることたしかめて」
「あたしにさわって……」

そんな彼女にとって、なによりも嬉しいのは誰かが自分をしっかりと見てくれること。それは姿が見えれば見て、見えなくなれば見ないなんていうものじゃなくて、姿が見えても見えなくても、「今ここにいる私」を認めてくれるということ。 

公園で休んでいたしずかちゃんと唯見のところに、こどもがやってきて悪意のない眼差しでこう言いました。
「おねーちゃん おてて ないの?」
悪意があろうとなかろうと、自分のコンプレックスに触れられて気分がいいわけはありません。しずかちゃんは言葉につまり、身体を強張らせました。
でも、隣にいた唯見は、なんてことのないように返事をします。
「あるよ」
と。
そしてしずかちゃんの手をとり
「ほら見てごらん このおねーちゃんはね… ときどき透明になるんだ」

この言葉はしずかちゃんを優しく救います。


唯見にとってしずかちゃんは、透明でも透明でなくとも、ただしずかちゃんなのです。
透明であることはいいこともあるし、悪いこともある。でもそれは他の人間の特徴でも同じ。背が高いとか、食が細いとか、そんなこととさして変わりはないこと。
唯見の言外の気持ちに、しずかちゃんは彼が自分を丸ごと肯定してくれたと感じたでしょう。
自分の手をとった唯見のてをぎゅっと小さく握り返したのは、彼女の嬉しさの表れなのです。


そして、自分が見えなくなってしまうことに不安を感じる彼女は、それの裏返しか、誰かから触れられることを強く望みます。

『触れられる人の気持ちはわからない けど 「触れられたい」って思う気持ちなら わかるんだけどなぁ……』

それは、恋愛感情において至極当然の感情です。
誰しも好きな人に触れたい、触れられたい。膝枕をしてもらったり、耳掃除をしてもらったり、いい子いい子と頭を撫でてもらったり……。あるいは受身でなく、それらをする立場と考えてもいいでしょう。
それはセックスという性的な関係に及ばずとも、純朴な中学生の片思いの心にも萌す感情なのです。

半透明化しているときに階段から落ちて怪我をしてしまったしずかちゃんは、泡を食った唯見に背負われて病院へ連れて行かれました。その間しずかちゃんはずっと唯見に負ぶわれていたのですが、その時彼女は自分の怪我もそっちのけでこんなことを考えていました。



ひたすらに、今自分が唯見に触れて、触れられていることに喜びを感じていたのです。
このときのしずかちゃんの表情が絶妙なんですよ。
自分を心配してくれる唯見。そんな唯見に触れている自分。
幸せさと気恥ずかしさで思わず泣きそうになっている表情が、とても純朴で、かつ脆そうなんです。
今この瞬間は幸せだけど、自分に自信がない彼女は、この先もこの幸せがあるとは信じきれない。未来に対する不安が、彼女の表情に嬉さと一緒に儚さを添えているんです。

「好きな人に触りたい/触られたい」という少女の感情を、こんなに純粋に描かれているのは見たことがないです。
当たり前に誰もが感じたことのある感情なのに、それを表現しようとすると、たいがいの作品は妙にエロティックなものになってしまっていましたが、この作品では、それを一切排するでなく、そういう気持ちもなくはないけど、なによりただ触れていることが嬉しいという気持ちで描いているのが心に染みるんです。


全編通して、嬉しさ、多幸感を覚えている時のしずかちゃんの表情がとても素敵です。
それらはどれも基本的に唯見によってもたらされるんですが、そのとき彼女は、唯見にそんなつもりはなくとも、自分を元気付けてくれてるように感じているのでしょう。自分を認めてくれているように感じているのでしょう。自分を卑下する必要なんてないと言われたように感じているのでしょう。その笑顔がとても素敵なんです。
しずかちゃんのコンプレックスも、望みも、それを彼女の、女子中学生の視点できちんと描かれている。その視点のぶれなさがいいんですよ。

純朴な中学生の恋心というものをここまで丁寧に描いたものはないと思います。
華美に走らず、虚飾に走らず、ヒステリックになることなく、シニカルになることなく描いた、等身大の中学生の恋心。
この「等身大」というのがこの作品の隠れたキーワードだと思います。
出てくる中学生も、大人も、みんなそれぞれの身の丈にあった描かれ方をしていると感じます。
言い換えれば作品の世界に無理がないんですよ。変な歪みが作品の中にないからキャラの動き(心情でも、身体でも)がごく自然。とても素朴で丁寧な作品だと思います。


ちょっと気を抜いた時の作画崩壊はこの際目をつぶって、是非読んでほしいと思います。
発行部数が決して多くない上に、少し前の作品なので、町の本屋、古本屋にはそうそうないかと思いますが、通販に頼っても買う価値はある作品ですよ。






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