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『戦国妖狐』闇に「拝んで頼む」真介とその子孫の拝み屋の話

敵が敵らしくなり、懐かしのキャラクターも再登場してきた『戦国妖狐』12巻。

いよいよクライマックスも近いのでしょうか。
さて、泰山のおかげで寅華によって縛り付けられていた土地との繋がりも切れ、晴れて自由の身になった真介。千夜を追って旅に出ようとする月湖についていこうと、8年暮らした村に別れを告げました。その際には、村に住み着いた闇たちに温かく見送られています。以前から、千夜や月湖がつれてきた闇を気長に説得して人を食べないようにさせていた彼は、すっかりその闇らから慕われるようになっていたのです。
そんな真介を見ての、千夜と彼の会話です。

「やっぱりすごいよしんすけは
断怪集なんて障怪はただ殺すだけだった」
「大したことねーよ その障怪を最初に止めるにゃ腕力がいる
それはおれにはできねえしな」
「腕力…」
「おれはただ拝んで頼むだけさ 一緒に米作ってくれってな」
(12巻 p48)

ここでの真介のセリフ「拝んで頼む」、これは彼の子孫が後に拝み屋を営んでいることにつながっています。
2004年発表の短編「龍と少女と百鬼町」で、「「おとなりさん」と人間の関係を取り持つ」のを生業とする「拝み屋」が登場しますが、その人物名が風祭夜明。9巻にて室町幕府13代将軍足利義輝から真介が賜った姓と同じものです。以前書いたように水上先生の作品内では多くのクロスオーバーが見られますから、ここにも繋がりがあると考えるのが自然な発想でしょう。
短編での「拝み屋」についての記述はあまり多くありませんが、上述の「「おとなりさん(※=闇)」と人間の関係を取り持つ」、「拝み屋というのは彼等(※=おとなりさん)と対話する仕事」というように説明されています。
で、その発端の真介といえば、当初は闇を切って名を揚げることを考えていましたが、灼岩と出会い、迅火の友人である闇の看病をし、「しかしこいつ… こうして見るとそんなに怖くもないな… なんつーかかぶり物の中にちょっと変わり者の人間が入ってるみたいだ」と思うようになりました。断怪集の僧・道錬が猿の闇である猩々たちと酒を酌み交わしているのを目の当たりにすれば、「しかし驚いたな 断怪集でも闇と仲良くできるんだな ちょっとわからなくなったぜ 悪い奴じゃなさそうだったし」と発言しています。この時点で真介の内部には、人間と闇の、同じ土俵での共存という可能性が芽生えていると見て差し支えないでしょう。その直後に同じ人間(ただし闇になりたがってている)迅火が言った「あなたは人の味方ですか 闇の味方ですか」という言葉とは非常に対比的です。人間と闇とに確固とした線を引いて、その線を乗り越えて闇になりたがっている迅火と、その線を「ちょっとわからなくなった」とぼやけて見ている真介。
そして、バリィ(=裂深=袋男)との戦いの中で、対話によって仮想人格を強固にしていった魔剣・荒吹から「人も闇もお前も奴も同じだ!! 自由だ!! 我等 皆 共に自由なのだ!!」と言われたことを受け、「…おれが思うに闇と人ってのは多分…… 同じもの」というところまで行き着いています。
その行き着いた先では、「おれは闇に慣れすぎて人と闇の境目がわからなくなってるのか?」と悩むようなそぶりも見せていますが、それともうまく折り合いをつけて、「いかなる闇とも対等に話」し、「拝んで頼む」ことで人と闇との間に共存関係を築き上げられるようになったのです。
純粋な人間でありながら、人間と闇とを同じ視線で見つめられる真介。その特質は子々孫々まで受け継がれていったわけですが、その前にこの旅はいかなる結末を迎えるのか、はてさて……



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