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「ハックス!」に見る、漫画空間の立体感ある奥行きの話

明日発売のアフタヌーン六月号で最終回を迎える「ハックス!」。作品の総括は来月発売のコミックスまで待つとして、今回は「ハックス!」から感じる空間の存在感、立体感についてです。

ハックス!(3) (アフタヌーンKC)

ハックス!(3) (アフタヌーンKC)

この作品、舞台は高校のアニメ研究部。アニメ(漫画内アニメ)のシーンも出てきますが、基本的には登場人物たちの高校生活、普通の日常が描かれています。文化系の主人公が主にいるのは校内の教室や部室。広いコートを駆け回ったり、大空を飛び回ったりと、そんな広大なシーンはないのですが、不思議と描かれている空間に奥行きがあり、キャラクターたちがいるのはあくまで広い世界のほんの一部、見えないところにもちゃんと世界があるのだろうなあと思わせるのです。
はて、なぜそのような印象を受けるのか。そこらへんを考えてみました。

一つの空間を複数から写すカメラ

まず一つ目。


(2巻 p49)
これは主人公みよしを含む四人が昼食をとりながら談笑しているシーンで、本当は前にもう1ページ、後にもう2ページで、計4ページに亘って会話をしているのですが、アップのコマが少なく、多くのコマで複数人(特に三人以上)が同時に描かれ、また背景(この場合、キャラクターたちがいる教室)も描かれています。
四人全員が写っていて、かつカメラの視点が全て異なっているので、好適と思いこのページを特に取り上げたのですが、4ページ17コマの内、1コマの中にキャラクターが一人しか写っておらず教室の背景も描かれていないコマが、5コマ(単に背景が描かれていないコマは6コマ)しかありません。統計を取るのは非常に難しいですが、印象論で言えば、これは非常に少ない数だと思います。試しにお手元の漫画の中から、キャラクターが数ページに亘って会話をしているシーンを探してみれば、多くの作品で背景が省略されているのではないでしょうか。
それは恐らく、画面が煩雑になるのを防ぐためという理由もあるでしょうし、実在していない背景、心象風景のようなものを描くことでキャラクターの心理状況を表すという理由もあるでしょう。あるいは、単に面倒くさいからというのもあると思います。それらも立派な理由ですが、この作品のように、カメラの視点を変えるたびに背景を一々描くことで、キャラクターたちがいる世界が書割ではない、きちんと立体的に存在している世界なのだということを表せるのかなと思います。
この例で言えば、三つのコマそれぞれでカメラの視点は異なっていて、それぞれに背景があることで、この教室がペラい書割ではなく空間的に奥行き、立体感のあるものに見えるのです。角度がついて3コマ目で天井も見えているのがポイント高いですよね。


このような、三人以上のキャラクターが1コマ内に描かれ、カメラの視点が連続するコマごとに変わるというのは「ハックス!」よく見られるコマ割なのですが、これは、同じく「ハックス!」によく見られる、1コマ内でのフキダシ一往復分以上の会話進行と表裏一体のものだと思います。
上の例の1コマ目と3コマ目では、フキダシによる会話は一対一の対応では終わらず、三個以上のフキダシによって会話が進行しています*1
三人以上の人間が連続して会話を進めるとき、発言数や発言機会が均等になるわけでは決してなく、多く喋る人間が出たり、会話の流れに割り込む人間がいたりと、不均衡が生じるものです。その不均衡に不自然さを感じさせないようにするために、カメラの位置を変えて、あるコマ内で最初に発言するものをいちばん右側に配置し、なるべく発話の順に右から左へとキャラクターが並ぶようにする必要があるのです。
なもので、カメラの視点変更で奥行きが出るのと、息の長い会話進行は、漫画の合理的な表現上表裏一体となるのです。
同様の例はこんな感じですね。


(3巻 p37)
カメラがレールに沿って移動しているように、くるくると回っていて、発話者の順番も読み進める順序と不自然にならないよう配慮されています。

空間を大きく写すカメラ

これ自体は他の作品でも普通に見られますが、背景以外にもキャラクターが同時に写っているのと、ちょっと面白い角度なのがポイント。

(1巻 p196)

(3巻 p47)
キャラクターを含む空間が遠点に向かって奥行きを持っているのが、前者の例では線路、後者の例では廊下のドアで描かれています。奥行きのある世界に、キャラクターもちゃんと含まれているんだというのがわかるのです。
ちなみに、その類で私がいちばん好きなコマがこれ。

(1巻 p174)
微妙に歪ませた視界、右手奥から左手前へ向かって弧を描くような「ど」の擬音、遠点へ向かう床と天井のスピード線、蹴り上げられた小さなゴミなどが、空間の奥行きとスピード感を見事に表しています。

キャラクターと背景の同質な描線

これはまあ小見出しのとおりなのですが、「ハックス!」では背景とキャラクターの描線に大きな違いがありません。それによるキャラクターと空間の一体感というか、同質の存在感というか。
あとは、直線を引くのにほとんど(全く?)定規を使っていないのも、それに一役買っているかと思います。例で挙げた画像だとわかりづらいかもしれませんが、天井の梁や窓枠、机など、ほとんどがフリーハンドです。コマ枠以外では定規は使っていないのかもしれません。


さてさて、三つの理由を挙げたわけですが、特に「ハックス!」固有のものと言えそうなのは一つ目ですかね。この特徴の裏側である息の長い会話進行というのも、私がこの作品を好きな理由の一つでもあるんですが、とにかく面白いのでみなさんもっとこの作品を読めばいいと思うんですよ。創作物としてのソリッドさを極力抑えるファジー感と、一つの独立した立体感ある空間として存在している作品世界。その中で描かれる熱量たっぷりの創作活動は、なんかこう心を沸々と沸き立たせてくれるのです。
今井先生の次回作を心の底より待ち望みつつ、今日はこの辺で。




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*1:2コマ目については、フキダシは三個以上ありますが、会話そのものは一往復で終わっていますし、三点リーダのみのコマは会話進行には関与していません