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「宇宙兄弟」に見る、人事を尽くして待った天命の先にある感動の話

この記事には最新刊のネタバレが含まれています。ご注意あそばせ。

宇宙兄弟(9) (モーニングKC)

宇宙兄弟(9) (モーニングKC)

号泣。たぶん今年最初の漫画を読んでの号泣。ぽろぽろ涙が出てきましたね。
ブライアンが置いた人形の発見・回想から、死の崖っぷちにいた日々人を救った、かつてブライアンが設置していった酸素生成ローバー"BRIAN"登場の流れは、涙腺が決壊しかけました。NASAの職員が振り返って、いるはずのないブライアンの姿を見たシーンや、六太が二度お礼を言うシーン、日々人がピースサインをするシーンと、間を置かずに印象的なシーンが挟まれ、最後にぼそりと呟かれたバディの一言「多分……UFO見るより興奮してたな俺」は屈指の名言だと思います。彼の一言で、故ブライアンの偉大さがぎゅっと浮き彫りになったように思います。


さて、9巻の感動を語り続けていたら丼三杯はペロリといってしまうのでこれくらいにしておいて、本題。
この一連のアクシデントで心底私が思い知ったのが、この作品が舞台としている世界、即ち宇宙空間(非地球)の無慈悲さです。日々人が遭難したのは月面。『月は無慈悲な夜の女王』とはA・ハインラインの小説名ですが、まさに無慈悲さが支配している死の世界なのです。
日々人らクルー以外は誰一人いない月。3793万平方kmにたったの六人しかいません。船外活動は事故が起きたときのために二人一組以上での行動が原則ですが、他のクルーから遠く離れた場所で、二人ともが身動きが取れないほどの怪我を負ってしまったり、機器が故障してしまったりすれば、死は果てしなく身近に迫ってきます。実際、クレーター内に落下し、脚を怪我して体温調節システムも故障してしまったダミアンと、メインの酸素タンクを破損してしまった日々人。状況は極めてネガティブで、何とかダミアンの生命はとりとめさせた日々人は、それと引き換えに死の淵半歩手前まで近づいていました。ビートルで駆けつけるフレディとバディが到着するまで、酸素は確実にもたない。
読んでいて、結構本気で「日々人死んだかな」と思いました。だって、助かる手立てがあるとは思えませんでしたから。8巻の時点では、キラッと光ったものが、何か土壇場で役立つものかと思ったのですが、実際はただの人形でしたし(とはいえ、その人形があったおかげで、ほんの僅かでも"BRIAN"の移動距離が減り、結果的に日々人は生き残ったのですし、その流れが極めて秀逸なのですが)。3Dマップ作成を指示した星加、「"最悪のケース"を最悪でなくする」ための吾妻の提案、日々人の行動を理解していた六太の発想、そしてそれを聞いて進言した吾妻。人事を尽くした果てに日々人が生き残り、その天命に私は感動しました。どこからか都合よくヒーローが助けてくれることは絶対にありえない、そんな世界で彼らは命を賭けているのです。
例えば敵地にもぐりこんだとか、魔界に行ったとか、誰の助けもあてにならない決死の状況に主人公が陥ったとしても、都合よく、何らかの理屈をこじつけて誰かが助けにやってくる。そのテのご都合主義が展開される作品があれば「なんだかなあ」と思いますが、そう思いながらもいつの間にやら、そんな作品に私は慣れてしまったようなのです。「宇宙兄弟」のこの屈指の名シーンは、そんな私の怠惰を気づかせてくれました。
人事を尽くして天命を待つ。
作品の説得力とは、あるいは感動とは、この言葉をどこまで切実に描き出すかが一つの源泉なのだと思います。


漫画大賞2010を惜しくも逃した「宇宙兄弟」。この巻が間に合っていれば大賞間違いなしと思ったのですが、考えてみればノミネートは発行巻数が8巻以下の作品。間に合っていればノミネートさえできなかったという。
いいんです、私の中では「宇宙兄弟」が大賞です。おめでとうございます。






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