- 作者: 木村紺
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/03/23
- メディア: コミック
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まず一つ。
主人公の雅さん、物語最序盤から4巻に到るまで非常に「いい人」であり続けています。初対面の比嘉にもフレンドリー、後輩には厳しくも優しく、突っかかってくる次田や金春にも柔らかく接する。相手との距離を無造作につめるようでいて、細心の分析と注意を怠らない。萌から睨まれる惧れがあろうとも、初心者達の安全のために言うべきことは言う。他人の背後関係・家庭環境などを推察して、その人に不都合が起きないように配慮する。とにかく「いい人」。いっそ鼻につくほどに。いつかその「いい人」さに反発がくるのではないかと不安になるほどに。
「シグルイ」で、免許皆伝を与えられる前夜、藤木が一人廃堂で黙しながら秘剣・流れ星の骨子について考えている時、脳裏を過ぎった言葉があります。
もし奪わんと欲すれば まずは与えるべし
もし弱めんと欲すれば まずは強めるべし
もし縮めんと欲すれば まずは伸ばすべし
而して
もし開かんと欲すれば まずは蓋をすべし!
(シグルイ 6巻 p135〜138)
もし嫌わせんと欲すれば まずは「いい人」に描くべし!
きな臭ささえ感じるほどに高まった雅の「いい人」さは、この後にくる反発のためのようなものに思えてなりません。実際、次巻予告では衝撃的なシーンが描かれていますし。
4巻では一足先に、直感像記憶を披瀝した京が、クラスメートから恐れ始められている描写もあります。本誌はもうかなり先を行ってますが、この二人が他者から距離をとられだすのは、果たしてリンクしてしまうのか。しまっているのか。盛り上がってまいりました。
で、もう一つ。
入学早々の段階から、部内の先輩やクラスメート、教師に対して分析的な視線を向ける雅。分析的な視線とは即ち対象から距離をとった視線と言うことで、必然的に上からの視線になりやすいものです。強い言い方をすれば、見下す視線。まあ雅の場合はそんなひどいものではないですけど。
力量に大きく差のある中松姉妹に対して彼女こそが先輩であるかのようにあしらったり、金春にも丁寧な態度を崩さないものの先達者として振る舞ったり、萌に挑発的な態度をとったり。
雅の恐ろしいところはそれらが全て計算づくのものだということなのですが、その計算の根底には彼女の冷徹な分析眼があるのです。
本作は彼女の視点を主にして進むため、独白(心の声)も彼女のものが多く、それを読むことで読み手が他のキャラクターの性格を理解することにも役立っています。舞台が名門の女学院ということで、登場人物たちの家族背景なども一筋縄ではいかないものが多いですから、そこらへんの事情を雅が他の人間から聞いて、雅なりに察する。そのプロセスを読み手が共有することで、キャラクターたちの背景や内面が頭に入ってくる、と。
それが3巻までずっと続いて、確かにこれはこれで便利だったのですが、次第に「むしろ説明臭すぎないか」とも感じるようになってきました。
ですが、4巻でのワンシーン。
「あの なんや高瀬さんて 自分のこと なんか… 他人事みたいに話すねんね……」
「フフッ それも一遍言われたことあるわ 元中の柔道部の子ォが言うには 私が自分を「突き放して見すぎてる」ねんて」
(4巻 p73)
ここを読んだ時、なんだか私はホッとしました。邪魔に感じていたつっかえ棒がさっと取り外されたと言うか。
雅の分析眼=説明癖は、ただ作品上の都合としてあるんじゃなくて、彼女自身に備わっている性質としてちゃんと意識されていたもの、作中の他の登場人物も認識していたものなのだということがわかり、膨らみかけていたモヤモヤがさっと晴れたのです。最初の話の「流れ星」理論を援用すれば「すっきりさせんと欲すれば まずもやもやさせよ」ってとこですかね。
ファンとしての贔屓目かもしれませんが、もしこれが、作品の序盤から彼女の分析癖が他のキャラクターにも認識されていると描写されていたら、むしろ「雅に他のキャラクターの説明をさせるのに、そんな設定をつけたのだな」と思ったかもしれません。「なんか安易だな」と。ですが、このようにその説明癖自体を説明せずに、説明している状況だけを積み重ね、「流石にやりすぎなんじゃね?」と読み手が感じた頃合で初めて、雅の分析眼は他のキャラクターも認識しているものなのだと説明する。そうすることで「なんだ、そうだったのか」と読み手はホッとする。巧いなと思う。まあ、読み手というか、私が。
とにかく、自分自身このシーンを読んだ時のすっきりした感が妙に大きくて、びっくりしたのですよ。
4巻はいい意味でひどいおまけ漫画も充実しててよいですね。
ところで、第0話に出てきていまだに登場しない面々、大丈夫なんでしょうか。個人的に一番不安なのが、同級生の男子二人。まあ完全に放っておかれたら、それはそれで面白いけど。
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