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人と人ならざるものの交流から生まれる諧謔と透明な恐怖 重要な問いにアンダーラインを引く「虫と歌」の話

人間とは何か。とても難しい問いだ。
人間の形をしていれば人間なのか。じゃあ人間の形とは? 頭部と胴体があり、四肢が揃っていること? 生まれながらにしてそれに当てはまらない人もいる。でも、彼らを人間とは看做せないなどと言える人はそういないし、迂闊にそんな発言を人前ですれば、そいつこそ「人非人」と罵られるだろう。
意思疎通ができること? 動物を相手にしたって、何を考えているかわかる時があるし、「こいつ、俺の言葉がわかるのかな」と思うことだってあるだろう。高度に発達したコンピューターが適切なコミュニケーションをとれるようになるのも、そう遠い未来じゃないんじゃないだろうか。それに、上の例と同様、植物状態の人は人間ではないのだろうか。*1
言葉を使うこと? 死を理解すること? 夢を見ること? 人間の遺伝子を持つこと?
明確な答えは、まだない。
明確な答えがまだないにもかかわらず、「虫と歌」は、人間と人間ならざるものの交流を、静謐な筆致で、諧謔と少しくの恐怖を滲ませながら描いた作品だと言える。言えてしまう。

虫と歌 市川春子作品集 (アフタヌーンKC)

虫と歌 市川春子作品集 (アフタヌーンKC)

「虫と歌」には4篇の話(+描き下ろし掌編)が収録されている。そこには必ず人間と、人間と呼ぶには躊躇われる存在が登場する。
「星の恋人」では、植物から生まれた少年少女が。「ヴァイオライト」では、光と電気を発生させる少年が。「日下兄妹」では、タンスのネジあてから形を変えていく存在が。「虫と歌」では、人の手によって創られたヒト型の虫が。
どの作品の中でも、人間はそれぞれの存在とコミュニケーションをとることができる。彼/彼女らの存在で感情は揺れる。笑うし、泣くし、救われる。そして同様に、彼/彼女らの感情が揺れていることも確信できる。
例えば「星の恋人」。主人公の少年は、ずっと自分は普通の人間だと思ってきたが、ある日訪れた叔父(と思っている人)から、自分はその叔父が彼の母親(と思っている人。叔父の姉)から頼まれて作った、植物の細胞から生まれた存在なのだと知らされる。そのことを知っているのは、叔父と母親だけ。他の人間、例えば学校のクラスメートは、彼がそんな存在であることなど欠片も疑ったことがない。植物から作られた彼は、人間としてなんら問題なく存在していた。
いや、もう1人彼の出生の秘密を知っている者がいる。それは、彼が4歳の時に過って切り落とした左手の薬指から培養された、彼の双子の妹とも言うべき少女。すなわち、彼女もまた非人間である存在なのだ。同じ遺伝子を持つ二人は惹かれあう。が、その形は彼と彼女で違う。彼女の存在と自分の出生の秘密を極最近知った彼と、小さな頃からそれらを知っていた彼女の違いからかもしれないし、自分を創ってくれた存在に対する感情の種類の違いからかもしれない。特に、前者は大きかったろう。自分の体がどういうものか知っている彼女は、彼の気持ちに応えるために、「非人間的な」行為をいとも容易く実行した。


この作品群の大きな特徴は、「非人間」たちが見せる「非人間」的な行為が静謐さを失わないままに描かれることで、そこに自分(人間)とは大きく隔たれた感覚/常識/倫理を見つけ、読み手は透明な恐怖を覚えるのだ。言葉を交わせても、笑顔を交わせても、信頼を通わせても、自分/人間とは違う。わかったつもりの彼/彼女のことを、ちっともわかってはいなかったのだ。それは、一つの絶望であり、恐怖だ。
また、登場する人たちは、人ならざるものに驚きはしても虐げることはしないし、蔑むこともしない。いるのだからいるのだ、と穏やかに付き合う。その穏やかさの中にさらりと挟まれるユーモアは、静謐な物語の中に笑顔の漣を作り、突如として示される透明な恐怖に落差を与える。
そして、その恐怖は、同時に「人間とは何だろう」という問いを前景化させる。
大昔から問われ続けてきた問いに明確な答えを出すことは難しい。「言葉とは何か」「生命とは何か」「夢はなぜ見るのか」「死ぬとはどういうことか」などなど。「人間とは何か」もそうだ。答えることが極めて難しい問いが立ちふさがった時、私たちがすべきことは、安易に答えを出すことではない。それよりも、「この問いは難しいですよ」と、問いにアンダーラインを引いてやることの方がよっぽど大事だ。良質な「物語」には、このアンダーラインの効果がある。「虫と歌」にも、ある。


年に一度と、読者をやきもきさせる作品ペースだけど、作品を重ねるごとに洗練されるユーモアは、話の中に華を添える。次回作がとても待ち遠しいのです。






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*1:臓器移植などの問題を考えれば、議論の余地の大いに残る例だが、議論の余地が大きいだけに明確な答えとはなりえない