今日(日付的には昨日か)は講談社の青年誌コミックスの発売日。戦利品を一通り読み終えて、今とってもいい気分です。
そんな気分で書くのは『少女ファイト』について。
- 作者: 日本橋ヨヲコ
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/07
- メディア: コミック
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7巻の第1話、Fight.43「白球姫」は、黒曜谷高校の文化祭を描いたのほほんな回ですが、のほほんとしてるのは黒曜谷サイドだけ。白雲山高校のバレー部に所属する唯隆子は練から招待状を貰いましたが、名門白雲山のこと、練習をサボって他校の文化祭に遊びに行くなどご法度。にもかかわらず堂々と休む宣言をした隆子に当然先輩たちは注意をしますが、今日の練習を休むことに何の問題もないと言わんばかりの実力を隆子は見せ付け、キャプテンからサボりのお墨付きを貰い悠々と文化祭に出かけました。
タイトルの「白球姫」は、文化祭での黒曜谷バレー部の出し物。「白雪姫」にひっかけて演じられるバレー部の歴史を紹介する舞台です。それを見ながら、隆子はたまたま隣に座ったミチルとこんな会話をしました」
「白雪姫ってさ バカよね
魔女に殺されかけて 7人の小人に誰も家に入れるなって言われてるのに 少しも疑わないで何回も騙されるの」
「まーなー… でもよー
そんなバカだから7人の小人や王子に会えたんじゃねーのー?」
(7巻 p14、15)
隆子は、明らかに白雪(白球)姫を演じている練を念頭に置いてこの話をしています。
小五に上がる春に姉を亡くして荒んだ練は、バレーに打ち込むことでその悲しみを忘れようとしました。チームメイトもそんな練をかわいそうに思ったのか猛練習に付き合い、最終的に全国二位にまで上り詰めたのですが、内心では練の横暴な振る舞いに辟易しており、レギュラー揃って白雲山中学にスカウトされた時、練には何も言わず皆で面接をボイコットしました。チームメイトの裏切り。実際、この事件は練の心に大きな傷を残し、黒曜谷に馴染むまで、練の心は閉ざされたままだったのです。
隆子の発言には、小学校時代にあんな目に遭ったのに、どうして今再びチームメイトを信じることができるのか、という思いが隠す気もなく横たわっています。
また、その対になっている思いが、練のことをわかってあげられるのは私だけ、というもの。隆子と練が一緒のチームでプレイした期間はごく短いものでしたが、黒曜谷に入部するまで唯一全力を出せたその時期は練にとって非常に甘美な記憶となっており、さらに、隆子はかつてのチームメイトたちの裏切りに加担することなく練と別れたため、尚の事別格扱いになっているのです。
隆子自身、親に捨てられた後にバレー狂いの叔父に拾われて以来、バレーが「生きるための仕事」となり、それを分かち合えるのは姉を亡くした悲しみをバレーに打ち込んで忘れようとしている練だけだと強く思い込んでいるのです。
ある時期においては相思相愛であったかもしれない練と隆子の関係ですが、黒曜谷のチームメイトは「今までの奴らとは違う」ことを知った練が「私 バレーが好きでいいんだ」
(4巻 p178)
と自覚して以来、そこに歪さが顕れてきました。自己肯定のない、苦行にも似たバレーをしていたはずの二人の内一方に、バレーを好きだという感情が見えてきたのです。引用画像で、涙を零すほどに破顔する練と、一人寂しそうに下を向く隆子が、背中合わせになるようにコマ割されているのが象徴的です。
姉の喪失を埋めるようにバレーに打ち込んでいた練は、姉も見たはずの「景色」を見るために、と気持ちが変わりだしました。その変化は隆子にとって、「あの子特有の熱さとか勢いがなくなった」ように映り、かつての練を隆子は望みますが、それはミチルにしてみれば、「練に成長すんなって言ってるようなもん」であり、「ずっとそのままでいてほしいなんて お前のエゴでしかねー」ことなのです。
ミチルにその気があったかどうかは断言できませんが、練が「成長」したのは「7人の小人や王子」のためだというニュアンスを、上で引用した画像からは読み取れます。黒曜谷の面々との出会いは、練のバレーに対するスタンスを、ひいては彼女の生き方を確かに変えたのです。
練が変わったにしろ、練が隆子を好きなのは変わっていませんし、隆子が練を好きなのも変わっていません。文化祭の帰り際、練に「うちに泊まってく?」と誘われた隆子は、喜び勇んでついていこうとしますが、校門の前で待っていた叔父家族と半ば強制的に食事に行くことになってしまいました。叔父以外の家族とのぎことなさが如実に露わになっている高級車内で、隆子はこんなことを思います。
でもねミチル それでも私はやすやすと毒林檎なんて喰らわない
王子が迎えにこないのなら 自分が王子になればいいのよ
そして邪魔をする魔女たちには 炭火の上に乗せた鉄の靴を履かせて踊り死にさせるわ
私のお城と白雪姫を手に入れるためにね
(7巻 p20)
「魔女」とはまさに黒曜谷女子バレー部のあだ名。「白雪姫」を手に入れるためには、王子様は「魔女」を殺すことも厭わないというのです。熱した鉄の靴を履かせて継母や義理の姉たちを踊り殺させるのは『シンデレラ』のシンデレラ姫ですが、その意味で隆子は王子にして姫だと言えるでしょう。
※コメント欄でご指摘を頂きましたが。熱した鉄の靴を履かせるのは「白雪姫」であってます。勘違いしてましたです。
さて、「王子」を名乗る女性は、日本橋先生のほかの作品にも出てきました。前作『G戦場ヘヴンズドア』のヒロインにして、練のチームメイトあるルミの母親・長谷川(旧姓;菅原)久美子です。
- 作者: 日本橋ヨヲコ
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- 発売日: 2003/09/30
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私ね、
小さい頃、両親を見てたらね、白馬に乗った王子様なんて現れないって思ったの。
それ以前に可愛気もないから、お姫様になれそうもない。
でも、それじゃさみしいでしょ。
だから自分が王子様になろうと思ったの。
(G戦場ヘヴンズドア 3巻 p101)
彼女もまた、自分の置かれた現実を考えて、自ら「王子様」たろうと思った女性でした。誰かが助けてくれる「お姫様」にはなれない、だから自ら誰かを助け、守る「王子様」になる、と。
しかし、彼女のその態度は、助けてほしい、守ってほしいという気持ちの裏返しでした。
私が鉄男を守ってきたのは、本当は私が守ってもらいたかったから。
一番、鉄男をわかってるフリして、一番、鉄男を見てなかった。
鉄男の気持ちを無視して、私たちは運命だと思い込もうとしてた。
鉄男のやさしさに甘えて、彼女ごっこさせてもらってたけど、…やっぱりさみしかった。
(同 p102)
守ってもらいたかった久美子が守っていたのは鉄男。「王子様」の久美子にとって、鉄男が「お姫様」でした。しかし、鉄男は町蔵と会うことで変わっていきます。偽りの蜜月は、第三者の到来によって起こった変化のために終わりを迎えました。
それはまるで、練と隆子の関係のよう。p102の引用を最後の一文以外「私」を隆子に、「鉄男」を練に変えてもそっくりそのまま当てはめられるようにさえ思えます。
「お姫様」の練と蜜月を望んでいた「王子様」の隆子でしたが、黒曜谷という第三者の到来によってかつての練はもういなくなり、その変化を隆子は疎ましく思っています。それはネバーランドが崩壊した苛立ちでもあり、自分一人だけ置いていかれたさみしさでもあるでしょう。
孤独を代償するために「王子様」の立場を選びとった久美子と隆子ですが、鉄男と練にとっての「お姫様」は一方的に押し付けられたものでした。彼や彼女にとって、久美子も隆子も「王子様」ではありません。しかし重要なのは、彼女らが「王子様」でなくとも、彼/彼女にとって彼女らはとても大事な人間であるという事です。
久美子の告白を聞き、別れを切り出された鉄男は、「なんにもない。ただでさえからっぽだったのに」と、全てを失ったように感じました。逆に言えば、父親への復讐のために全てを犠牲にして漫画に打ち込んできた鉄男にとって久美子は、それでも自分の傍にいてくれると信じていたものであった、ということです。全てを投げ出したからっぽの自分にもあったはずのもの。久美子はそれほどまでに鉄男にとって大事な存在でした。
練にとっての隆子も同様で、灰色でしかない姉の死後の記憶を唯一彩ってくれた存在が隆子であり、自分を守ってほしい・助けてほしいと願う存在ではないかもしれませんが、かけがえのない存在ではあるのです。
「王子様」だった久美子は、町蔵の元へ行きました。彼こそが、彼女を「お姫様」を守る「王子様」ではなく、「菅原久美子」だとはっきり認めてくれ人間だったたのです。
昔、親父が言ってた。人はどんなに交わっても、本当はみんなひとりぼっちなんだってよ。
だからお前は、長谷川鉄男の彼女でもなく、誰かのものじゃない、お前になれ。
(同 p20,21)
この言葉で久美子は、「王子様」の立場を脱ぎ捨てることができました。
では、果たして隆子の「王子様」を脱ぎ捨てさせることができるのは誰なのでしょう。
町蔵は(久美子にとっての)「お姫様」でいた鉄男を変えた存在であり、同時に「王子様」だった久美子にそれを捨てさせた存在です。
(隆子にとっての)「お姫様」だった練を変えたのは、黒曜谷の面々でした。この関係性を単純に当てはめて、黒曜谷の面々が隆子の「王子様」を捨てさせるとは考えづらいところです。
考え方を変えましょう。鉄男にとっての関係をひとまず措いて、久美子にとっての町蔵はどんな関係だったか。それは、上で引用したように、人は「本当はみんなひとりぼっち」で、だからお前はまず「お前にな」らなくてはいけない、と教えてくれた人でした。
ここからは完全に推測の話になりますが、隆子にとってのそれは、既に死んでいる練の姉・真理ではないかと思うのです。
隆子がバレーを始めたきっかけはまだ明らかにされていません。隆子にとってバレーが重いものになったのはバレー狂いの叔父に引き取られてからですが、果たして彼がバレーをさせるために隆子を引き取ったのか、それともバレーが上手かったから彼女を引き取ったのか、定かではありません。
そして同様に、彼女と真理の関係性もまだ明らかにされていません。いませんが、真理の使っていた手帳を持っていたり、文化祭で展示されていた真理の現役時代の写真をなんともいえぬ表情で見ていたりと、何か関係があったことは各所に散りばめられています。
隆子が持っている真理の手帳は彼女が現役時代に使っていたもので、高校二年の段階で亡くなった真理の手からどのように隆子へと伝わったのか、大きな謎です。練と隆子が小学四年の三月に亡くなった真理。いったいどのタイミングで隆子と面識があり、手帳が隆子の手に渡る機会があったのか。そこらへんの繋がりが、隆子のバレーの出会いと関係してるんじゃないか、そしてその出会いこそ、「自分がなにものであるか」という問いを隆子が考える根っこになるんじゃないか、なんて愚考したりする所存です。
追記;そういえば、学が真理に似ていると随所で描写がなされています。
学こそ、練を変えた黒曜谷の面々の中でも、まさに彼女を変え、同時に支えている第一人者であり、隆子にとっても「思うようにコントロールできない」ほぼ唯一の人間で、ミチルをして「隆子に本当に必要な友達は 練より小田切なのかもしんねー」と言わしめた人間です。
練が学を通して真理の姿を見ていたように、学は真理のアバターのような存在となっています。ということは、隆子が真理を通じて目覚めたバレーに、今度は学を介して還っていくのかもしれません。
ただ、学もただの真理のアバターではなく、「学その人」としての学にいつか練からも隆子からも見られるでしょう。
7巻を改めて読み返して、そんなことを考えました。追記終わり。
今まではわりと人間関係キャラクターの心裡がストレートというか単純というかな印象のあった『少女ファイト』ですが、今巻くらい込み入ってくれると面白味が増すなあと思いました。込み入ったというか、各キャラクターの糸は変わらず真っ直ぐなものの、いろんな方向からいろんなキャラクターの糸が伸びているという感じ。
さあ、次巻では今まで黒子役になっていたサラにスポットが当たるようです。果たしてユカにスポットが当たる日は来るのか!?続きが待ち遠しいものです。
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