日本のとある片田舎。そこには、ある山神の言い伝えがあった。見れば障り、穢せば祟るその荒魂が住まうとされる山には、緑濃い山にはふさわしからぬ金網と鉄条網に囲まれた一角があり、そこには地域の誰も近寄ろうとはしなかった。
その山のふもとに暮らす三十木谷(みそぎや)家の二人の子供、日向と薫は、豪雨に襲われた山の様子を見に行った祖父を心配し、金網の前までならいいだろうと、彼の後を追って山に入った。雨の降りしきる夜の山中、二人が見たのは、地滑りで倒れた金網と、何かに怯えて叫び去る祖父の背中、そして闇の奥から這い出てきた、三対の腕と蛇の下半身を持つ異形の女の姿だった。屋跨斑を名乗るその異形に魅入られた二人は……
表紙に登場しているいかにもおどろおどろしい表情をしているのが屋跨斑。通称ダラさん。この通称を与えられた時点で、どんな異形をしていようと、どんな神威を振るえようと、神の威厳もホラーの恐怖も保てないのは必定ですが、それを与えたのが、表紙手前の二人、三十木谷日向と薫の二人です。
この2人がまあ恐れない。生まれて初めて目にしたはずの異形に平気でタメ口を聞き、小学生男児の前で全裸(下半身は蛇)であるこに苦言を呈する始末。「ここにおる神様なんやろ? 爺ちゃんからおるって聞いてたし…」でその存在を受け容れる様は、当の屋跨斑でなくとも「胆力ぅ…」と慄きたくもなります。何の衒いもなく再会を約して明るく去りますしね。
とまあそんな感じで、人々に恐れを振りまくはずの屋跨斑、通称ダラさんと三十木谷姉弟の、存在の垣根を超えた触れ合いを描くハートフルコメディなわけですよ。そんないいもんじゃないけど。
いいですよね、「イキったアホが儂の縄張りでヤンチャしたのとかを死なん程度に祟りビームでキャン言わせてる」とか「禁足地で超常現象呼び出すとか本来死亡フラグなんじゃからな?」とか言ってくれるラフな怪異。
さて、上で日向と薫を姉弟と書きましたが、誤記ではないです。向かって右のボーイッシュなショートヘアーが姉の薫で、左の金髪碧眼三つ編みそばかすが弟の薫です。薫はロングスカート履いてますが、弟です。
田舎の風習や家系の因習で、性別を偽って育てるというのもしばしばオカルトでは聞く話ですが、この2人は別にそういうのじゃありません。ひらひらした服が嫌いな日向が着なかった服を、服に頓着がなかった薫が親の言うがままに着ているだけです(本人も特に嫌がる素振りなし)。言ってしまえば、ただの趣味。
つまり、半裸半人半蛇のナイスバディ巨女に、金髪碧眼男の娘、ボーイッシュ少女と、性癖をこじってくるキャラクターが登場するってことです。回を追うと、男の娘が水着になったり、サキュバスコスプレしたり、男性向け同人誌を描く地味顔ドスケベボディなお姉さんや目つき悪パンクロック丸眼鏡巫女さんが登場したりと、さらに性癖の範囲を広げてきます。いいぞもっとやれ。
恐怖と性的興奮は、吊り橋効果のように近しいところにあるものですが、デフォルメの効いたコミカルさの割に生々しい肉感を描かれると、ちょっとドキドキしちゃいますね。デュフフフ。
ホラー、コメディ、エロスときてまたホラーに話は戻りますが、この物語でいいのは、各話の冒頭にダラさんがなぜ屋跨斑なる怪異になったのか、その過去を数ページずつ描いているところです。まだ人々が自然への畏怖を強く持っていた時代、自然と人間をとりもつ巫覡が今よりも多くいた時代、そんな過去に起きた悲惨で陰惨な屋跨斑誕生秘話が、本編現代のスチャラカ感とうまく対比され、物語の深みを与えています。
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まずは第一話を読んでスチャラカ感を楽しんでほしいと思います。
余談ですが本作はネット怪談の類を下敷きにしてるわけですが、登場する怪物が、金網に囲まれた祠に祭られていた、三対の腕と蛇形の下半身を持つ半人半蛇の女性、名乗りが「やまたぎまだら」とくれば、ピンと来る人も多いはず。
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洒落怖の名作の一つと名高い「姦姦蛇螺」をベースにしていることは確実でしょう。
最近はめっきり新しい怪談も減ってしまいましたが、好きな人は常に一定数存在するジャンルなので、細々と残ってほしいものですね。
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