『違国日記』7巻前半の感想の話

  • page.31 私の父親って「誰」?
    • 通り過ぎざまに、ドラマの感想で「空虚なやつだなあ」と吐き捨てる槙生。
      • 実際同居している人間がこうだったらたまらんなあと思う。自分が楽しんでいるものに(悪意でなくとも)これを吐き捨てていくのはたまらん。それが生まれた時から一緒に暮らす家族でないのならなおさら。
        • そういう、「生まれた時から一緒」じゃないもの同士が暮らす生活、異邦人同士の暮らしというのも、この作品で書かれるべきことの一つだと思うけど。
          • それは同時に、「生まれた時から一緒」に暮らす者同士の楽しいことときついことの話の反対側でもある。それまでの朝の暮らしを朝が振り返っているように。
    • 朝の書く、槙生の悪口語録。「浅薄」「邪悪」「厚顔」「短慮」「愚劣」「蒙昧」「卑怯」「蒙昧」「姑息」「陰険」「悪辣」「醜悪」。強い。
      • およそ、口語で使うことのめったにないであろうワーディング。でも、そういう漢語を口頭で使っちゃう気持ち is わかる。普通は言わないことをあえて口にした時の音の感覚って、ちょっと楽しいの。槙生がその感覚で使ってるわけではないだろうけど。
        • 漢語は、和語よりも意味がかっちりする分だけ、誤解を生みにくいのが長所だけど、口頭の発音のみで表現すると漢字が浮かばなかったり同音異義が浮かんでしまったりするのが短所。
          • ちょうど昨日、友人が口頭で「逐電」を使ったけど、言われた人がきょとんとしてたあの感じ。
    • 槙生の言った「空虚」から父を思い出す朝。「からっぽ人間」で連想するのが実の父。
      • 両親は事故で同時に亡くなったのに、「これまで思い出すのはほとんど母のことばっかりだったことに初めて気がついた」 「わたしの父はいったい「誰」だったのだろう」
        • そりゃあこの言葉から「娘に訪れるすべての幸福も災厄も母親に由来する」(HER CASE.4)を思い出しますよね。
      • 思い出の中の父は、えみりの家族と同席しているときでも、頑なに輪に入ろうとしなかった。ずっと顔を伏せ、象徴的なまでに描かれない、眼鏡の奥の彼の目。たぶん、今まで一度も描かれてないはず。
    • ところかわって、えみり母とランチをする槙生。なんだろう、誰かと対等に仲良くしている槙生を見ているだけで、ちょっと楽しくうれしい。
      • 昼間から洋食でビール。最高かよ。
      • 槙生とえみりママの間でも交わされる、朝の父の話。
        • えみりママにとって朝の父は、「品のない物言い」をすれば「なぜこの人を選んだのだろうって何度も思」うような人だった。それは、彼の「社会に関わろうとしない」面が主らしく、その態度は槙生のものとはまた違うという。
          • 槙生の「社会的逸脱」は、なんでしょうね、自分以外の世界の自分と合わないところに、頑として譲ろうとしないところ。社会を弾き、社会から弾かれるという意味での逸脱。
          • それに対して朝の父は、これまでの描写に沿えば、自分と合わない世界から目を逸らしてひたすら閉じこもろうとする人。社会に飲み込まれようとも決してそこに馴染もうとしない、関わりのなさ。
          • 槙生の逸脱には、対決と反発という精神の動性があるけれど、朝の父は、飲み込まれたままじっと動かず逆らわずただやり過ごそうとする静性がある。
    • 朝に浮かんだ、そして尋ねた「誰」という問い。その言葉は、まず知っている人間に向けるものではないだろうと思う違和感に、ヤマシタ先生の言葉のチョイスの妙がある。
      • 「誰」は見ず知らずの人間、存在自体を知らない(知らなかった)人間に向ける言葉のように思える。存在を知ってはいるけど中身をよく知らない人間なら「何」、もっとマイルドに言えば「どんな人」の方が一般的だろう。実の父を対象とする問いとは考え難い。
        • それでも浮かんだ「誰」は、それだけ朝にとって、今まであえて意識に上ることのなかった、存在を意識しなかった相手なのだろうか。同じ家で暮らしていた父なのに。
    • 最後に、槙生と笠町が交わす、自分にかけられている呪縛の話。
      • 笠町は父。槙生は……姉か。
        • なんで槙生もとけつつあるんだろうね。朝と暮らしているからかね。
          • 「自分に呪縛をかけた姉の子」と暮らすことで、とけていく呪縛。ごくごく微量ずつアレルギー物質を取り込むことでアレルギー反応を弱くしていくみたいなものか。
  • page.32 男社会。男の社会。男のいる社会。
    • 高校生たちの意味も取りとめもない会話。
      • 特に若い子同士の現実の会話って、主述やてにをはもあいまいで、文字に起こすと筋がとってるように思えないんだけど、実際に会話をしている当事者にとってはコミュニケーションとして特に問題はなかったりする。
      • たとえば今井哲也先生も『ハックス!』でやってたけど、それを漫画で表現すると、なんだろう、ネガティブな意味でなく、物語の中の空気が漫然として雑然として、がやがやした声を幻聴する。多用されるときついけど、効果的に使われると好き。
    • えみりが男子をふったとき、彼の言った「納得できないから」。
      • 納得は大事だけど、それが理不尽でないのならば、他人に「自分を納得させろ」と要求していいものなのか。いや、要求まではいいと思うけど、強制はできないよな、と。それが対等な関係や、金銭の絡まない関係ならなおさら。
        • でも、納得したいという気持ちは大事だし、対等な関係だからこそ、納得させてほしい(実際に納得できるかは別として)というのもわかる。
    • 偶然昼食を一緒にとることになった笠町と塔野。
      • 知人以上友人未満の人間と一緒に食事をとることって、それだけで私には難易度が高いな。
        • 男社会から降りてもそれはできるのか。
          • まあ「男」社会は関係ないか。
      • 「空気の読めないガリ勉」だったから、「男社会の洗礼」とは比較的縁遠くいられた、と塔野。
        • 高校大学そして卒業後も体育会系ではない世界で生きてきたので、「おれの酒が飲めないのか」のような「男社会」とは縁遠く生きてこられた私。けど、もしそういう世界で生きていたら、やり過ごしつつ過ごしても、たぶんどっかで精神が決壊しただろうなという感覚はある。
      • 塔野の告白の後に挿入されている、数ページずつの短いエピソード。
        • 誰もいない教室で猥談をしていたら女子が急に入ってきたから黙りこくった男子たち。
        • 先輩からの理不尽な暴力に耐えきれず部活をやめようとする男子と、それを咎める友人。
        • 医大が女子受験者の点数操作をしていたことに憤慨して学校に行けなくなった医大志望の女子。
        • これらはきっと、「男社会」の例なんだろう。性的な話題を、その対象のカテゴリーに入る人間の耳に入れようとしない。男子が男子であるというだけで不当な扱いを受ける。女子が女子であるというだけで不当な扱いを受ける。そんな特徴を持つ社会。
          • たしかに「男」社会の話ではあるけど、これが「女」社会の例を書いたとしても、程度の差はあれ似たような、その社会ゆえの特徴や不当不公平な取り扱いがあるのだろう。
      • 笠町は食事のシェアや「俺の酒が飲めねえのか」を男社会の特徴として挙げたけど、口にするものを共有することは、性は特に関係ない、共同体構築のためのある種の儀礼なのではないかと思う。「俺の酒が飲めねえのか」はともかく、食事のシェアは女性同士、あるいは家族や仲のいい人間同士でもするものだと思うし(塔野のように苦手な人ももちろんいるけど)。
        • まあ、単にそれをすることではなく、過剰に強制することが、笠町の感じる〇〇社会の嫌さなんだろう。
      • さらに笠町が列挙する、男社会を悪い方から見た点。
        • より危ないことをしたやつが勝ち
        • より女の子をモノ扱いできるやつが勝ち
        • より楽をしていい目を見たやつが勝ち
          • 気になるのは、最終的な価値基準が「勝ち」であること。勝ち負けがつくものであるとされていること。順位序列がつくものとされていること。実際に男社会がそうであるかはともかく、笠町はそういう構造になっている社会に生きることが心の底からいやになり、そこから降りて逃げて、やっと「人間」になれ余裕ができた、と。
            • 笠町の言う男社会に馴染み、その中でも余裕をもって「人間」でいられる者もいるだろうけど、笠町にはそれができなかった。
            • 別に、「男」であれば「人間」ではない、ということではないだろう。「人間」らしい余裕をその社会で持てるかどうか、なのだと思う。
              • 意図的かどうか、男社会的なものはかなり悪しざまに描かれていますがね。
              • 同程度には、女社会的なものも醜く描いていますが。
                • どんな社会も歪んでいて、まっすぐなだけの社会なんてないんですよ。
      • 朝が塔野に聞いたという、「なりたい自分になるにはどうすればよいか」という問い。塔野は「何を言っているのかわからなかったので「何を言っているのかわかりません」」と答えたという。
        • 馬鹿正直か。
        • 自分が中高生からそんなことを聞かれたらなんて答えるだろう。
          • 青春のにおいに心の中でニコニコクラクラしながら、「まずはなりたい自分が何なのか、それをしっかり自覚するところからじゃないかな」と大人らしくキメ顔で言ってあげたい。
        • でも、塔野が朝のその問いに「何を言っているのかわからなかった」というのはどういうことなんだろうな。
          • 「なりたい自分」という言葉の趣旨がつかめなかったのか、「なりたい自分になる」という言葉の趣旨がつかめなかったのか。
            • 「空気の読めないガリ勉」で、「勉強をすること」で「初めての違う国に連れていって」もらえるような気分になれることを知っていた塔野にとっては、なりたい自分、ありたい自分というのはもう通り過ぎてきたもので、こうある自分、こうなった自分を、既に感得しているのではないか。
            • ここにいれば、こうしていれば自分が自分として落ち着いていられることを知っている人間にとっては、「なりたい」という、希望や未来形で表される、まだ見ぬ理想の自分像は不要なのかもしれない。
              • どんな社会や環境に身を置こうとも、すでに得ている現在形あるいは完了形の自分像を基準に、そこにいることを望む望まない、その道へ進むことを望む望まないということを判断できるのだ。
              • 「泰然自若」とは、そういう判断基準を身に着けた人間なのかしらね。
    • 最後に朝が漏らした、「お父さんがあたしをあいしていたのか知りたい」という思い。
      • 母が愛してくれていたことについては、ある程度自覚できているんだろうな。

後半はまた次回。



お気に召しましたらお願いいたします。励みになります。
一言コメントがある方も、こちらからお気軽にどうぞ。