『HUNTER×HUNTER』28巻。
- 作者: 冨樫義博
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2011/07/04
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「蟻の王メルエム お前さんは何もわかっちゃいねぇよ…
人間の底すら無い
そう言い放つネテロに王は「初めて感じる恐怖」を意識し、次の瞬間には、自らの指で心臓を貫いたネテロにより、鼓動の停止を引き金に発動する爆弾「
人間と人間ならざるものの戦い。「悪意」という言葉に振られた「進化」というルビ。このシーンを読んだとき、同じくジャンプで連載されていた『魔人探偵脳噛ネウロ』を思い出す人も多かったのではと思います。
- 作者: 松井優征
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角の代わりに巨大な悪意と新しい脳を持つ新しい「種」
それが我々… 「新しい血族」だ
(魔人探偵脳噛ネウロ 14巻 p153)
「悪意」が強いものを煮しめていった結果生まれた、「新しい血族」という名の新たな種。
「悪意」による進化。『HUNTER×HUNTER』においてはそれは「人間」であり、『ネウロ』においては「新しい血族」でした。では、そもそも「悪意」とは何か。「悪意」と呼ばれるいかなるものが「人間」、あるいは「新しい血族」を進化させたのか。
『ネウロ』でこんな一節があります。
力が同じ動物同士なら 「悪意」が強い方が勝つ
迷い無き「悪意」で 敵の弱点を見つけ えぐり つけこむ そのためにはいかなる研鑚も厭わない
(魔人探偵脳噛ネウロ 23巻 p30)
つまり、「悪意」とは敵を負かす、否、言ってしまえば滅ぼすための意志です。ネテロの用いたミニチュアローズのコンセプトはそれの証左となります。
薔薇には毒があった
開花の瞬間 大量に撒き散らされる薔薇の毒が類似する他のものより優れていたのは 開花地との距離によって「運悪く」爆死を免れた者の体内に効率よく取り込まれ 迅速に内部を破壊すると同時に
被毒者の肉体が毒そのものとなり 新たな毒を放出しながらやがて死に至る その毒の量と死ぬまでの時間が実に絶妙で
大量の連鎖被毒者を生み出せる点にあった
要するに
この上なく 非人道的な 悪魔兵器だったのである
(HUNTER×HUNTER 30巻 p25-7)
人間が蟻へ向けた「悪意」の集大成であるミニチュアローズは、「効率よく」「大量の被毒者を生み出せる」「非人道的な悪魔兵器」であり、それは単に敵を倒す、負かすものではなく、いかにして敵を殲滅するかに重きを置かれた兵器です。
「負かす・倒す」と「滅ぼす」の違いはラディカルさです。『ネウロ』の言葉を借りれば、「種として確立」するための行為。それが「悪意」に基づく敵への攻撃です。
シックスは言いました。
おまえはどうやら私と違い… 人間との距離が離れすぎているようだな
チンパンジーは何故人間に守られながら生き残っているか 理由は簡単 頭が悪いからだ
もっと優れた類人猿はいくらでもいた だがそれらは人間が全て滅した 理由は簡単 頭が良かったからだ
近いからこそ怖い
(中略)
進化の隣人は滅ぼしてこそ… 我々は種として確立できる
(魔人探偵脳噛ネウロ 14巻 p167-8)
相手を滅ぼすための「悪意」は、相手が自分に近い、しかし同一ではないときに強く発揮される、と。
『HUNTER×HUNTER』のミニチュアローズは、もともと人間が同じ人間相手に使う為に開発されました。同じ人間でありながら、自分たちとは違う敵。しかしそれが、今回は蟻に向けられた。見方を変えればこれは、蟻と人間の差など、同じ人間同士の差とさして変わりはないと言えます。ネテロが「人と蟻でどこが違うのか」と胸の奥で自嘲したのは、まさにその通りなのです。
人間にとって蟻は、自分たちの社会を守るため、滅ぼすべき、「悪意」を向けるべき相手でした。ですが蟻にとって人間は、そのような対象ではありません。「お前らは豚や牛の命乞いに耳を貸したことがあるか?」という王の言葉に表されるように、蟻と「人間との距離が離れすぎている」ために、「悪意」を向ける、すなわち滅ぼす必要はないのです。
コムギとの出会い、ネテロとの戦いを経て王の考えは変わりましたが、その変化も、「貴様に免じ特区を設け 人類の永住を許可しよう 食用にする人間も選定の際に数や質を考慮する」というものであり、人間が蟻から近いものではなく、個人はともかく種として見れば捕食者と被捕食者という遠い関係にあることは変わっていないのです。
進化の過程で「悪意」を研ぎ澄ませてきた、あるいは「悪意」があることで進化してきた人間と、人間の形質を受け継ぎながら、人間を被捕食者という存在としか見なかった蟻。「敵を滅ぼす」という意識の有無は、命を賭けた戦いにおいては文字通り致命的な差になります。月並みな言葉になりますが、殺す覚悟、ですか。
人間と、人間から「悪意」を向けられるほどに人間に似ていた蟻との決定的な違いとは、まさにその相手を滅ぼすほどの「悪意」があるかないか、というのは皮肉というかなんというか。
本来「悪意」とは、人間に必要なものであると『ネウロ』で弥子は言います。
悪意は… 時に必要なものだ
ちょっとだけ近道 をする事 良い意味で相手の裏をかく事
悪意がこの世に全く無ければ 私達の生活は刺激や可能性を失うだろう
(魔人探偵脳噛ネウロ 23巻 p78)
ネウロに言わせれば、「悪意」は「謎」の素であり、そして「『謎』という言葉は…そのまま「可能性」という言葉に置きかえられ」ます。
弥子の言う広義の「悪意」であれば、蟻も持っていたでしょう。しかし、他者の根絶を指向するほどの「悪意」は、その身体の頑強さゆえにもつことはありませんでした。「悪意」は、相手より劣っているから生まれるものです。先天的に、生物として非常に頑強な身体を持って生まれて来た蟻にとって、存在が脅かされるほどの敵、つまり滅ぼさなくてはいけない敵はおらず、「悪意」を攻撃的に先鋭化させる必要はありませんでした(人間とのキメラとなってまだ日が浅い、という理由もあるでしょうが)。人間は、その弱さゆえに「悪意」を磨いていったのです。
しかし、あまりにも強烈な「悪意」をもっていたシックスは「病気」として、天然痘のように根絶されました。果たして、『HUNTER×HUNTER』の人間が持っている、ミニチュアローズを開発するほどの「悪意」が「病気」と見なされる日は来るのでしょうか。
ていうか、連載再開はいつ?
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