ピッピは地震を予知するために作られたヒューマノイド型スーパーコンピューター。人間の子供・タミオと一緒に「成長」することで予知精度を上げ、ついには世界中の情報を収集・分析することで、数か月以内の大地震を予知するまでになった。けれどある日、ピッピの目の前でタミオは交通事故に遭い死んでしまう。その瞬間からピッピは自ら活動を停止、今まで収集・分析した情報の再計算を行い始めた。そして再びピッピが目を覚ました時、彼の中にはあるものが兆していた……
- 作者: 地下沢中也
- 出版社/メーカー: イースト・プレス
- 発売日: 2007/05/05
- メディア: コミック
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地震の予知。いつかは叶うのかもしれませんが、現代の技術力ではまだ夢のような話。来月で一年となる東日本大震災を例に出すまでもなく、それがあれば救えた命も数えきれないほどあります。
ピッピが生まれたこの作品世界では、彼がマグニチュード7以上の大地震を三か月も前から予知し、該当地域に連絡することで、地震による死傷者の数をゼロにしています。それに喜ぶ被災地の人々。ピッピの成果を誇る研究員たち。一見全てがいい方に転がっている世界。けれど、その裏側には人間の醜さ・愚かさが隠れています。外れることのないピッピの予言。初めは半信半疑だった人々も、実績が積みあがるにつれピッピに絶大な信頼を置くようになります。するともう人々は、自身に対する備えをしなくなる。なにしろ大きい地震があるなら三か月も前にピッピが教えてくれる。びくびくと怯える必要は何もない。もう自分たちは地震を克服したのだと考える。もしピッピが壊れたら、予知を外したらと不安に思うこともせずに。実際、前述したようにピッピの活動が停止している最中に大地震が起こり、多くの死傷者が出ました。本来ならば神のみぞ知るものだった地震の発生も、一度ピッピという蜜の味を覚えてしまった人間は、今回多くの人間が死傷したのはピッピのせいだという。ピッピが予知しなかったから人は死んだのだと。
しかしあなた方は始めてしまったんだ! 本来なら不運で命を落としていたであろう何十万人の人の命を あなた方は救い始めた!
もうやめるわけにはいかないんですよ! あなた方は確実に当て続けなくちゃならない
いつ襲うかわからない地震の恐怖から例外なく人の命を救い続けなけりゃあならないんだ 今回は予測しませんでしたじゃ済まされないんだ
今となってはピッピが予測をしないということは 救えるはずなのに救わないということは
今この瞬間にもどこかの人々を 見殺しにしているのと同じじゃないか!!
(1巻 p63)
愚かでありながら、紛うことなき本音です。星新一のショートショートにもあるように、初めはおっかなびっくり使われていたものも、当座に危険性がないとわかれば、人は無遠慮にそれを使うようになる。あとにくるかもしれないしっぺ返しを忘れて、あるいは考えないふりをして。一旦享受した技術をなくすことは難しい。いくらそれが危険だ、不確実だということが後でわかっても、それを前提とした社会構造になってしまえば、社会全体を破棄するくらいなら戦々恐々とそれの上で暮らす。人はそういう生き物です。
この漫画の人々も、自身の有無をピッピに頼りました。研究所の人間も、その存続はもはやピッピの成果如何にかかっていますから、ピッピに頼っている状態です。
その結果、どうしたか。
研究所はピッピに地震以外の予知を許可しました。今までは頑なに拒んでいたそれを、研究所の存在意義をより高めるために、今まで以上の情報を与え、より広範な分析をさせた。そしてピッピは、世界のあらゆる出来事を予知できるようになったのです。
カオス理論。バタフライ効果。ラプラスの魔。初期値とあらゆる変数を完璧に処理することで、ピッピは自然現象はおろか、人間の行動さえも予知できるようになってしまった。もはやその言葉は予言ではなく預言。起こる未来を言葉にするのではなく、そう言葉にしたから未来が確定したかのように見える。
人々はピッピの言葉を信じるようになってしまった。絶対正しいのだから、抗いようがないのだからそれに従えばいい。そうして人々は考えることをやめた。
こうして世界は、ひそやかにディストピアの様相を帯びていくのです。では、そんな預言をしていくピッピの目的はなんなのか……
非常な難問に真っ向から立ち向かう本作。思考実験だからこそ、隙を見せると途端に作品が白けてしまう。ひりつく緊張感を維持しながら世界と人々が少しずつ狂っていく姿がたまらなくスリリング。一冊当たりが少々お高い本ですが、是非これは2巻まで読んでほしい。お勧め!
そして3巻の発売がいつになるかさっぱりわからないのがなにより辛い……!
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