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「幽☆遊☆白書」キャラクターの持つ欲望から考えるキャラ立ちと話の濃度の話

幽☆遊☆白書 (19) (ジャンプ・コミックス)

幽☆遊☆白書 (19) (ジャンプ・コミックス)

連載をリアルタイムで追っていたものの、友達が持っていたのもあり、自分で単行本を購入することをしていなかった幽遊白書。最近になってちまちま買い集めていたんですが、ようやく全巻揃いました。雑誌でとは言えしっかり読み込んでいた昔の作品は、ついつい単行本の購入を後回しにしてしまう。そんな気持ちわかりません?
で、読み直した感想。やっぱり幽白は、仙水編からが面白いです。


バトルものへシフトチェンジした3巻以降から暗黒武術会編までと、以降の仙水編からラストまででは、作品から感じる印象が違うのですよ。感覚的な言葉で言えば、仙水編からはとてものびのび描いているように感じる。キャラクター、特に敵キャラクターが立っている。
その違いは何かというと、キャラの持つ欲望だと思うのです。
極論すれば、欲望は個性です。キャラクターを描写してストーリーを進めるには、こいつは何をしたいというものを強く表さねばなりません。
幽白の主役である幽助は、基本的には受動的な立場です。霊界探偵編はコエンマからの依頼で動き、暗黒武術会は戸愚呂(弟)の招待で出場しました。もちろん各エピソードの中で幽助自身がどうしたいというのはありますが、そもそもの物語の駆動には、他のキャラクターの欲望があるのです。
ですが、前半の幽白はそれが決定的に弱かった。
敵役も彼らの行動の動機、すなわち欲望は口にしています。初期飛影が霊界の闇の三大秘宝を盗んだのは、これを人間界で使えばおもしろいことができそうだから。乱童は幻海の技を体得してもっと強くなるため。朱雀は人間界に移住するため。
しかし、彼らの欲望は本人から、あるいは第三者からほんのわずかに口にされるだけ。エピソードの中でそれを読み手に実感させるような言動はまるでありません。
言ってみれば彼らの欲望は、幽助とバトルをするための状況を作るための設定に過ぎないものなのです。エピソードのキモは幽助と敵のバトル(そして幽助が勝つことでのカタルシス)でしかなく、その際に敵キャラクターがどうしたいか、自分の欲望成就について何を考えているかはほとんど無視されてしまっています。
敵役の欲望が見えないから、それに対応する形で動いた幽助たちの欲望も必然的に弱くなってしまう。結果、バトルはただの殴りっこになり、カタルシスも不完全燃焼になってしまう。
これが、私の感じる幽白前半のつまらなさの原因だと思うのです。


その方向性が変わり始めたのは垂金編でした。直接対峙した敵は戸愚呂兄弟でしたが、黒幕である垂金権造は人情味などどぶに捨ててひたすらお金を愛するキャラクター。語尾に「ゼニ」とかつけそうなその性格は最初の段階で説明されましたが、彼は以降、ことあるごとにお金にこだわります。戸愚呂(弟)をヘレンちゃん(中東産 餌は生きた虎やライオン)にけしかけて値切ろうとしたり、侵入者(幽助たち)がちょっとできるとわかるとそれを賭けにすべくB・B・Cを召集したり、賭けに負けたらお金を払いたくないからすぐに逃げ出そうとしたり。ナイス悪党。垂金編では、幽助たちとバトルをした戸愚呂兄弟の欲望が一切描かれなかったために、背後にいた垂金の振る舞いを描きやすいというのもあったでしょうが、彼はここでクズ守銭奴として立派にキャラを立てたのです。
それでも、直接幽助たちと戦わなかったためか、幽助たちの欲望は垂金のそれとの呼応が薄く、敵側はともかく主人公達の心情がいまいち浮ついてしまいました。雪菜に一目惚れした桑原はともかく、幽助はわりと空気です。


暗黒武術会編では、そのバランスがない交ぜになっていました。対戸愚呂(弟)を除けば、バトルマニアの酎、己の欲望に忠実なキチガ……じゃなくてイチガキ、同じくバトルマニアの陣、イケメン死々若丸、素敵にイッちゃってる人こと美しい魔闘家鈴木あたりは光ってましたが、それ以外はいささか中途半端な感があります。
光ってる彼らの共通点、それは色々な意味でクレイジーだということです。単純な善悪ではなく、「あんた一線越えてるね」という性格。それが戦闘シーンの中で垣間見られるのです(武術会という性質上、戦闘シーン以外の交流がほとんどないのですが)。
また、別の共通点として、幽助と幻海が相手だったということが挙げられます。実はこの二人、他の三人に比べて、武術会に出場する理由が非常に強いのです。幽助は戸愚呂(弟)に力量の差をはっきりと知らされた上でゲストであることを直接告げられ、幻海は戸愚呂(弟)との因縁のために。対して桑原、蔵馬、飛影の三人は、ただゲストとして招待されただけ。主体的にどうにかしてやろうという気概はありません。ですから、対鴉戦や対武威戦など、派手派手しくて見ごたえはあるのですが、「で、だからどうしたの?」という印象が否めないのです。
強い欲望を持った二人の相手だからこそ、相手も光るというのはありそうです。え?爆拳?だれそれ。美味しいの?
幻海にしろ幽助にしろ、対戸愚呂(弟)には理由があり、「こいつをどうにかしたい」という欲望がありました。戸愚呂(弟)には自分の限界への欲望と贖罪の気持ちがありました。両者の欲望が対峙することで、バトルは非常に印象深いものになったのです。


そして仙水編。仙水編で何が白眉って、徹頭徹尾仙水がクレイジーだったこと、そしてそれに追随していた人間もみな壊れていたり壊れそうになっていたこと、さらにそのことを説明でなく行動で示していたことです。
実のところ、仙水と樹以外のキャラクターはの登場頻度はさして多くありません。各バトルも、ものの二、三話で終了して即退場(御手洗だけは立場を変えたので、以降も出ますけど)。それでも、仙水と似た考えを持つ医者・神谷、人間の醜い部分だけを目の当たりにした水兵・御手洗、若さゆえの選民思想に染まった遊熟者・天沼など、彼らが仙水と行動を共にした理由、界境トンネルを開けようとする欲望は描かれています(刃霧と巻原はわかんないけど。えへ)。
人間に対する絶望、自分自身もその人間であるという事実から生まれる心の腐敗、魔界へ行き死にたいという虚無的な仙水の欲望。そして、そんな彼に心の底から惹かれる樹。クレイジーな二人のクレイジーな欲望により、幽助と仙水のバトルには躍動が生まれるのです。
そして、幽助自身、仙水に触発されてか、ある欲望を亢進させます。つまり、純粋な戦闘願望。
幽助は、長々と口上を語る仙水に言いました。

バカかてめぇは それなら「どっちか死ぬまでやろう」でいいじゃねえか
なぜはじめからオレにケンカ売ってこねぇ
こうでもしなきゃオレが逃げるとでも思ったのかよ
ムカつくぜてめぇ

(16巻 p24,25)

この時点で幽助にとって、ケンカは命を賭けてやるに足るものになっています。後に真田黒子に言われた

キミ 魔界へ行ったほうがいい それが多分一番いい
人間を食べた妖怪を目の前にして それを「食事」と割り切れてしまうキミは もう人間界の住人じゃない気がする

(17巻 p158)

の片鱗はここでもう見られるのです。命のやり取りのハードルが、とても低いものになっている。ここではもう、幽助すらもクレイジー。
一旦死んで魔族化した幽助は、完全にバトルジャンキー、享楽的に戦いを求める存在になっています。魔界編の話になりますが、雷禅にケンカ売りまくったり、政治的駆け引きを放り投げて魔界トーナメントを黄泉に持ちかけたり。
それが萌芽した仙水編は、幽助も仙水も共に欲望を強く持ち戦ったバトルなのです。


で、魔界編。魔界編に特にのびのびした感じがあるのは、今までずっと受動的な立場だった幽助・蔵間・飛影が、主体的に行動しているからだと思うのです。前述のように幽助はバトルジャンキーになり、蔵馬は黄泉の補佐となりながらも、酎や凍矢ら六人を育て、幽助の提案に乗るために黄泉から独立する。飛影は戦闘能力を上げるために軀の部下となり、彼女の意識に触れ、少しずつ惹かれる。そして雷禅の旧友たちの妖力を感じて、もともと魔界トーナメントに賛成だった軀だけでなく、黄泉も一介の戦士として魔界トーナメントに参加することを決意した。
つまり、魔界編にして初めて、幽白は登場人物が皆主体的に行動するという状況になったのです。だから、何かに制約されている感じがなく、キャラクターが闊達に動く。


ただ、クレイジーさを強調できるこういう描き方ができたのも、連載をもうこれ以上長続きさせる気がないから、とは言えるでしょう。
樹の最後の言葉

オレ達はもう飽きたんだ
お前らはまた別の敵を見つけ戦い続けるがいい

(17巻 p76)

は、今までのジャンプの方針を皮肉った冨樫自身の言葉だ、とよく言われますが、魔界編はそれを体現したエピソードだと思います。なにしろ、魔界トーナメントと銘打っておきながら、バトルの中身をほとんど描かない。最後までトーナメントを描かないどころか、幽助vs黄泉を途中で終わらせる始末。本来のジャンプ的な流れとしてはありえないことでしょう。
ですが、だからこそ魔界編はよかった。バトルフリークばかりが集まったのに、バトルを描かないという矛盾のような事態ですが、だからこそバトルありきの鎖に縛られない風通しのいいエピソードになった。
バトルがいけないんじゃない、バトルをしなければいけないという縛りがいけなかった。そう思います。冨樫先生の場合は。


レベルEのバカ王子や、ハンタのヒソカのように、冨樫先生のキャラ造形の真骨頂はクレイジーなヤツにあると思います。一線越えちゃってることを自覚した上で、平気で好き勝手振る舞えるやつ。更に言えば、その魅力は、非クレイジーな他のキャラクターとの対比で生まれるわけで、その辺の按配も実にうまい。
ハンタはいつまで続くのかが不安でしょうがない今日この頃なのです。






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