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「ヨルムンガンド」に見る、あえての不親切さ

ヨルムンガンド 5 イラスト集付

ヨルムンガンド 5 イラスト集付

武器を嫌う少年兵ヨナは、異端の武器商人ココ・ヘクマティアルのチームに所属することになる。他の八人の凄腕のメンバーと共に、ヨナはココの危険な商売について世界中を周っていく……


サンデーGXが誇るガンアクションものの一角、「ヨルムンガンド」の五巻が、初回限定は画集つきで発売されました。
尻上がりに面白くなっている感じのこの作品、多い登場人物にもかかわらず彼らの背景には基本的に直接ページを割かず、事件ごとにそれに絡めつつ少しずつ各キャラの掘下げをしています。

チームの人間が、トップのココ、主人公のヨナを含めて計10人。人種も性別もかつての職業も異なるが、それぞれがそれぞれの分野で抜群の腕を持っている。危険な任務に就く有能な人間の過去が何の変哲もないものであるはずもないのに、この作品ではそこに深く突っ込むことをあえてしていきません。
過去はでるけど、それは事件の最中に各人の頭にちらっと掠めた程度のもので、普通に考えればそれで一本話を作れる(この作品は、一つの話を数回で描ききるのが常で、一話一回完結の話はほとんどありません)だろうに、あくまで本筋のストーリーをがつがつ進めていきます。もちろん後々誰かの過去について描くために、伏線の要素を強くして描いているシーンもありますが。

ざっくり言ってしまえば、とても不親切なストーリー展開ではあるんですよ。
仕事(事件)があるたびにメンバーが分担して任務に当たるわけですが、キャラが多いのにそれぞれを詳細に描写する機会が少ないから、「ん?こいつは誰だっけ?」とか「こいつ何が得意なんだ?」と思うことが序盤はしばしばありました。
ですが、その不親切さは、reader friendlinessと引き換えにしたメリットがあると思うんです。


まず一つは、単純に、本筋以外にページを割かなくていいから、お話そのものをきっちり描けるということですよね。

ココのチームは巨大な親会社からの独立部隊、遊撃隊のような存在で、親会社からの人員補給を当てにして動いていては商機に乗り遅れてしまいます。ですから任務を自給自足できる最低限の人数で動くのがベストなわけですが、そもそも武器商人のチームである以上、世界の鉄火場を渡り歩くわけで、チームがあまりに少数であるのはさすがに不都合が生じる。そこらへんの妥協点としての、計十人でしょう。

キャラがどんな人間かわかっていたほうが物語に感情移入しやすいというのは確かですが、この作品の場合、主軸はヨナとココであり、極言してしまえばそれ以外のキャラはオマケ。オマケの残り八人にまで丁寧に物語を割いていては、肝心のヨナとココのお話がさっぱり進みません。
ですから、不親切さでもって物語、作者が描きたいのであろうことを優先させ、他を小出しにしているのです。
実際、この二人の物語はおそらくかなり重い。迂闊な描き方をすれば、いとも簡単に陳腐な物語に堕してしまうでしょう。まず本筋のストーリーにある程度の方向付けが出来るまで、サブキャラの詳述はしないほうがいいかと思います。

とはいえこの「ヨルムンガンド」、その本筋ものらりくらりと明言を避けながら進めていきます。逆に考えれば、本筋さえも断片的に描いていく、という方向付けがなされたともいえますが。
もともと群像劇としての側面もあり、本筋自体も、具体的な目的(誰かを倒すだとか、いくらまで金を貯めるだとか)があるわけでなく、内面的な答えの発見のような、どこが着地点か見極めづらいものがそれなのですから、本筋がどう描かれるべきかというのもそもそも曖昧ではあるんですけどね。


閑話休題
この情報の小出しは、不親切さの副次的な効果をもたらします。それは、読者の飢餓感を煽れることです。
仕事をこなすごとに、少しずつ明らかになっていく登場人物たちの性格や能力、そして過去や因縁。上手くじらしながら明らかにされるそれらは、読者に、登場人物の内面を知りたい、覗いてみたいという欲望を喚起させ、物語の中の絵や台詞により集中させるのです。
そして同時に、まだ情報が明かされていないキャラにも、「こいつはいったいどんなヤツなんだろう」と興味を持たせられます。

その意味では、小出しにされる各キャラの情報はある種のスパイスともいえますね。
ココとヨナを主軸に物語が進んでいく脇で、サブキャラが別種の物語の糸を絡ませることで、「ヨルムンガンド」という作品全体の色合いが際立っていくのです。


ま、端的に言い表せば、上手く演出された「なんだかよくわからなさ」は、読み手の欲望を賦活する、ということです。

無論、このように、要点をつかみ所なく進めていく上に読者を楽しませるには、ストーリーテラーとして相当以上の技量が必要です。正直、一巻の時点では「このままコミックスを買っていいものか」とも思いましたが、購入を続けて正解でした。いい感じに物語が深いところへ潜っていきます。逆に一巻の時点で敬遠してしまった人は、漫喫でもいいいから最新刊まで読んでみることをお薦めします。

最新刊の終わりで、今までサブキャラの中で最も出番が多く、かつ謎も多い、わがままボディのナイフ使いバルメ(♀)の過去の物語が動き始めました。本筋の物語の方向性・スタンスが定まったからでしょうか、ここで今まで引っ張ってきた大きな伏線の一つを回収に入るようです。
いいペースで刊行されているので、また次巻の発売を待ちたいと思います。
「ドラゴン殺しは最高の名誉」はいい台詞。


余談ですが、初回限定の画集は、コミックスと同サイズの冊子で、今までのカラーイラストに加えて、数点の書下ろしが含まれているものです。
特別すごいものではないですが、通常版と100円くらいしか違いはないので、買って損はないと思いますよ。




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