- 作者: 施川ユウキ
- 出版社/メーカー: 竹書房
- 発売日: 2008/10/08
- メディア: コミック
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前作(まあ連載時期はかぶっているんですが)の「サナギさん」と似たようなテイストで、施川先生が日常の中から見つける些細な違和感や言葉遊び、捻った世界観を、登場人物に仮託してネタとしています。
今作で特徴的なのは、主人公が少年である点です。「酢めし疑獄」には特定の主人公はおらず、「サナギさん」では女子中学生、「もずく」では犬と(単行本化作品しかフォローできていませんので、他の作品については不明ですが)、作者自身が体験したことの無い存在が主人公である場合がほとんどでしたが、今作では、施川先生自身がかつてそうであった小学生男子が主人公になっているのです。
それについて、施川先生はあとがきでこう書いています。
「少年」を主人公に漫画を描いたのは、ほとんど初めてだ。
今までは犬とか女子中学生とか、あんまり自分と関わりあいの無いキャラを主役にしていたので、感情移入するのに少し抵抗があったけど、本作の柊は比較的自分と重ねやすい。
(後略)12月生まれの少年 1巻 あとがきより
このことで今までと何が変わるかといえば、今までほとんど見られることのなかった恋愛要素の導入でしょう。
恋愛と呼ぶほど大仰なものではありませんが(小学生ですし)、今作では一巻の時点で既に、異性に対する意識が見え始めています。
主人公の幼馴染として、葵という女の子が登場するのですが、なんでもごちゃごちゃと物事を考えてしまう、悪く言えば理屈バカの柊と違い、彼女は天真爛漫の明るい子、悪く言えば考えなしのアッパーな子で、会話ではぐいぐいと柊を(変な方向に)引っ張っていき、柊は柊で、内心おずおずと葵に異議を唱えている。そんな関係。
そんな対照的な二人の意識の違いを端的に表すネタがこれです。
(同書 p70)
お面越しとは言え、じぃっと見詰め合う二人。その状態に照れくささを覚えて視線を外したのは柊の方。
たいがい男の子より女の子の方が早熟なものですが、先述したとおり、葵は天真爛漫な女の子。同い年の男の子と見詰め合うことになんの抵抗も持っていません。ただでさえ柊は、小難しいことを常日頃考えているせいで、同年代の男の子より精神的に大人であるようなので、ここでは二人の立場は一般的なそれとは完全に逆転しています。
「サナギさん」では、芽生えキャラ(なんだそりゃ。でも実際そうなんだからしかたない)のイソヤマくんの回で一瞬だけ恋愛感情の萌芽が見られましたが、そこに生々しさはまるでなく、ホントにただのネタとしての萌芽でしたし、それを以降に引きずることはありませんでした。
本作の柊の感情は、それに比べてかなり生々しい。生々しいという言葉が大げさなら、「身につまされる」と言い換えましょうか。とにかく読んでいて「わかるわー(ニマニマ)」となれるのです。これは私が主人公と同性だからというものではなく、描写の違いというか、根本的にネタの、関係性の構造の違いであるといえるでしょう。
とにかく、その点が、今後読んでいく上で期待したくなるところですね。はたして施川先生が幼い異性への意識をどうニマニマ描いてくれるのか、楽しみで仕方ありません。
あと、この記事(枳棘庵漫画文庫/施川ユウキ『12月生まれの少年』1巻)で触れられているとおり、本作は主に柊のモノローグで進められていくのですが、それってキャラとしては、「サナギさん」で言うところのハルナさんなんですよね。無口な妄想キャラ。
「サナギさん」でもハルナさんが登場するネタでは、ハルナさんのモノローグ(一人妄想)に誰かが反応したり、あるいは逆に、誰かの行為からハルナさんがモノローグを展開し始めることが多かったです。
モノローグのいいところは、論旨を簡潔に書けるところ。論旨が長いと、会話の応酬でそれを表しきることが難しいですが、モノローグなら寄り道なしせずに二コマ、乃至三コマで書ききり、残りのコマをボケやツッコミに当てられます。
「サナギさん」のハルナさんの場合、特にそれが顕著だったように思えますが、本作の場合、そんなキャラが主人公なので、そのようなネタが頻出すると全体が重くなりかねない。枠線や文字数を大量に使わざるを得ないですから。
なので、上の話とは逆に、台詞も動きも少ないシンプルなネタもたくさんあると思います。上で引用した画像もそんなシンプルなネタの一つですが、そのようなネタが他の作品に比べても多いのではないでしょうか。
なんだか、徐々にスタイリッシュになってきたというか、洗練されてきたというか、あるいは芸風が広がってきたというか、施川ワールドが着実にその懐を広げてきています。
「12月生まれの少年」、お薦めです。
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