- 作者: 内田樹
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2007/09/25
- メディア: 文庫
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好きな本は単行本で買うことを原則としているが、この本はインターネットやその他媒体で既に発表されている文章の再録本だという先入観があったので、単行本には手を出していなかった。文庫化されたので買って読んでみたら、そんなことは全くありませんでしたね。書き下ろし、というか、本人の言葉を借りれば「語り下ろし」の本のようです。
この本のテーマは、「『自分らしく生きる』という物言いはもうやめにしないか」、「身体には敬意を払うべきだ」、「金銭、社会的地位が至上の価値であるということを当為とすべきではない」、「思想には賞味期限がある」などといった、氏の著作によくみられものが散見しています。というよりは、ここ数年で出版されている上記のような氏の著作のテーマを短くまとめて、その総体として「肩肘張らずもっと愉快に生きよう」というテーマにまとめていると言ったほうが適切かもしれません。
書いてあること自体は、まあ他の著作を読んでいれば大同小異といって構わないでしょう。
それについては氏自身も作品内で言っていますが、多少の時間のずれがあるとはいえ、同じ人間が書いているのだからそんなに差が出るわけがないんです。
また、やはり作品内でいっている言葉ですが、桑田佳祐の音楽の例を引いて、ファンは作品ごとに全く別のものを期待しているわけではなく、似たようなものが微妙な差異を持って繰り返し反復されることに快感を見出していると言っています。私も、この本が今までの氏の文体、思想とは全く違うようなことを書かれていては、おそらく買ってはいなかったでしょう。『内田樹の新境地』などといった惹句には、特に興味が湧きません。
大同小異のテーマの本書ですが、それでも買って損したとは思いません。
私は氏の著作でも、身体論が中心となっているものはあまり購入していません(「身体の言い分」と「健全な肉体に狂気は宿る」だけです)ので、この作品の中で語られている身体論の話は、初見のものがいくつかありました。それ以外のテーマでも、他のものから幾分変奏したものもあります。
特に学術的なものというよりは、エッセイの類に多いのですが、氏の文章は優しく柔らかく、でも折り目正しいものであるという印象受けます。男性的な力強い語り口ではなく、本人も他の著書で言っていますが、どこか女性的、もっと言えばおばさん的、さらに正確に言えば、昔は色々学問を修めたけれど、今は結婚して専業主婦をしている、品のいい山手のおばさんのような口調が感じられます。
相手の反応を確かめながら話を展開している(これは語り下ろしなのでそれが顕著かもしれませんが、他の著作でも同様に)感覚があり、それがとても優しいのです。そうですね、「お母さんが作ってくれる玉子焼き」のような手ざわりとでもいいましょうか。あるいは、「お母さんがアイロンをかけてくれたシャツ」のような手ざわりでもいいです。とにかく優しさとぬくもりがあります。
同じく角川文庫から出版されている前著「ためらいの倫理学」は、もともと本として出版されることを全く想定していない文章が多いので(多くはブログの記事の選り抜き。その他、書評や学内報、学会誌に寄稿した文章が使われている)、非常に毒の強いものが多々あるが、本書はあらかじめ本にすることが前提の語り下ろしであるため、文章はかなりソフトに仕上がっています。
氏の考え方についても、とっつきやすいところがとっつきやすく書かれているので、内田樹入門書といえる本だと思います。
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