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漫画の話です。

『ワンダンス』世界を分割して乗るダンスの話

5月にして今年の俺マンに食い込むことがほぼ決定の『ワンダンス』。
ワンダンス(1) (アフタヌーンKC)
レビューはこちら。
踊る彼女は自由に踊る『ワンダンス』の話 - ポンコツ山田.com
高校のダンス部を舞台にした漫画である本作では、ダンスのコツもそこかしこに出てくるのですが、その中でフックがあったものの一つが、リズムのとり方の話。

初心者がダウンに比べてアップのリズム取り(引用者註:ダウンは伸びた身体を屈ませることでリズムをとること、アップは逆に、屈ませた体を起き上がらせることでリズムをとること)が難しいのはね
1(表)&(裏) 2(表)&(裏) 3(表)&(裏) 4(表)&(裏)
ってリズムがあるでしょう?
表のカウントをダウンで取る場合 こう直立した状態から
予備動作なしで沈めば音に乗れる
ダウン
でも 表で浮かぶアップで乗ろうと思ったら
まず一回予備動作として沈まなきゃいけない つまり
アップで踊る場合は「1」から入るんじゃなく 実はその前の「&」から入らなきゃいけない
これはつまり 普段から「&」カウントを意識してないとむずかしい
よく「日本人は表のビートで踊りがち」って言われてて 黒人ダンサーなんかは&から入るって言われてる
慣れれば意識しなくても&から音にはいれるから
ひたすらリズムトレーニングね
(1巻 p137~139)

これは、部内でも頭一つ抜けた実力者と見られている、恩ちゃんこと部長の宮尾恩の説明ですが、ここのなにが引っ掛かったかと言えば、リズムにかっこよく乗るためには、ただの「1・2・3・4」ではなく、「1・&・2・&・3・&・4・&」に分解する必要があるということ。音楽にあわせて単に「1・2・3・4」と感じるのではうまく乗れず、「1・&・2・&・3・&・4・&」と、「&」の裏拍を各表拍(=1・2・3・4)のあいだに入れることで、より細かいリズムを感じて、より本場らしい裏のビートで踊れるというのです。
これを記譜的に表現するなら、4拍(四分音符4つ分)を四分音符4つではなく、八分音符8つで感じる必要があるということなのですが、このような、感じ方をより細かくすることで精度を上げる、という考え方は、ダンスや音楽に留まらないものだと思うのです。
たとえば映像の話。4k8kと進歩たゆまぬテレビも、その画素数が増すことで、映像がより美麗に、より精緻にり、大画面にも堪えるものとなっていきます。これも上の考え方とある意味では同様です。四分音符一つを八分音符2つに割るように、画面内にある画素をより細かく割ることで、映像をより美しくしているのです。
さらに言えば、人間の世界の見方・感じ方・捉え方。語彙を増やすことで、世界をより細かく、より精緻に見ることができるようになることとも同様です。ある現象を説明する言葉が1個なのか5個なのか10個なのかそれとももっと多いのか。その言葉が多ければ多いほど、その人間にとってその現象がより細かく、より精緻に感じ取れていると言えます。
今の自分の感情は「ヤバイ」や「エモい」の一言で説明しきれてしまうものなのか、それともそれ一言ではとても言い切れぬ複雑な何かなのか。自分の感情を正確に捉えるには、相応の語彙が必要です。別の言い方をすれば、「ヤバイ」や「エモい」についてそれがどのような感情なのかいろんな言葉を尽くして説明できるかが、その人の感情の深さと言えるでしょうか。
比喩的に言えば、ある対象にどれだけ多くのラベルをつけられるかが、その人の語彙の多さだと言えるでしょう。このラベルは対象の説明だけでなく、その対象を想起する際にも使われます。たとえば「リンゴ」を思い出すとき、「果物」という分類、「赤い」という見た目、「甘酸っぱい」という味、「パイ」という調理法、「青森」という産地、「富士」という品種、「apple」という他言語での表現など、ラベルが多ければ多いほどリンゴが思い出される機会が増え、その認識が役立つことが増えます(もちろん、稀には邪魔をすることも)。
分野をまた近づけて音楽の話。私が趣味でやっているバンド活動でも、メンバーで演奏の細かい点を詰めるときには、「そこの八分音符二つをもっとはっきりと」や「音のダウンは2拍目の裏まで」、「十六分音符のひっかけを溜め過ぎないように」など、メロディやリズムを細かく割ることで、感覚的でしかなかった個々人の感じ方を、理屈で、あるいは数値で、デジタルで理解できるようにします。
また、演奏の曲想、合わせ方をそろえるためにも、音楽関係にとどまらないいろいろな言葉を費やして、各人のニュアンスを統一していきます。ここでも語彙が多ければ多いほど、各人の考え方を漸近的に統一させられるのです。
音楽を、世界を細かく割ることで、よりかっこいい、イカシた演奏にしていくのです。
あえて意識をしたことはありませんでしたが、ダンスも音楽(リズム)に乗って行われるものである以上、器楽演奏での感じ方と似通るのは当然ともいえましょう。
ダンスという一つのアクティビティからも、深く考えることで、他の分野にも通じるなにがしかの本質とでもいえるようなものが見えてきます。それをさらっと気づかせてくれた本作。他にも、即興でのアクセントの考え方なんかも、ジャズのアドリブとの考え方にも通じてて、考えを新たにさせられるところがあったんですよね。
『ワンダンス』、いい漫画やでぇ……



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