踊る彼女は自由に踊る『ワンダンス』の話

東京の流行が5年遅れて入ってくるような田舎の高校生活。吃音に悩む高校一年生・小谷花木(こたにかぼく)は、目立たず、周りに逆らわず、普通であることを自分に強いて人生を送ってきた。でも、そんな彼が出会ったのは、同級生の湾田光莉(わんだひかり)。人目も気にせず、周りに合わせず、自分がやりたいことを好きにやる彼女が踊る姿は、花木に「普通」じゃなくなる一歩を踏み出させた……
ワンダンス(1) (アフタヌーンKC)
ということで、珈琲先生の新作『ワンダンス』のレビューです。悩める少年のボーイ・ミーツ・ガールにして、熱い部活漫画。読んでいる時に音楽がかかっていれば、知らず知らずにリズムを感じようとしてしてしまうような、そんな吸引力を持っている作品です。


主人公の小谷花木、通称カボは、吃音のために誰かと話をすることが苦手です。吃音にも種類がありますが、彼の場合は、単語の一部の音を連続して発声してしまう連発型と、発声するまでに時間がかかってしまう難発型の併合。そのため、誰かと話すのが得意ではなく、会話の輪の中では、周りをよく見て、話を聞いて、空気をよく読んで、言いたいことがあっても結局何も言わないままというのもしばしば。ひいては周りから注目されたり、人前で目立つことも苦手でした。
なものだから、「変に目立たず逆らわず 普通にしなきゃ なにもいいことなんてない」と、自分を殺すような振る舞いが身についてしまっています。
けれど、高校に入学して間もないある日、校内の人気のない場所で、ガラスに向かって一人踊る少女がいました。後に知ることになる彼女の名は湾田光莉。ダンスには苦手意識しかない自分でもわかるような動きのキレに、カボは目を奪われました。
たまたま移動教室で隣り合ったワンダと話をするうちにカボは、ダンスが大好きな、というかダンス以外には全然興味がないかのような彼女に、そして彼女のダンスに強く惹かれます。吃音ゆえに口頭での表現にコンプレックスを感じるカボにとって、非言語表現であるダンスは、言葉がなくても伝わってくるワンダのダンスの自由さは、とても魅力的に映ったのでした。
周りを気にして自分の気持ちを押し殺し、頑張って「普通」でいようとする自分と、周りの目なんか気にせずに自分のやりたいことを真剣にやるワンダ。
そのあっけらかんとした、自由を感じさせる態度に心動かされたカボは、彼女と一緒にダンス部へ入ることを決めたのでした。


「自由さ」。これがこの作品に強くあるテーマかなと思います。
吃音のせいで上手く口で表現ができないカボ。周りの目を気にして窮屈にしか振る舞えないカボ。自分がどうしたいのかもよく分からなくなってしまったカボ。
そんな彼が、上手に、楽しそうに、奔放に、なにより自由そうにダンスをするワンダを見て、自分もそうありたいと強く望む。
たとえば作中で、カボが誰かに見られながら踊る時、「根が張ったみたいに足が地面から離れ」ないとプレッシャーに苦しむシーンがあります。一旦それを自覚すると負のスパイラル。自分の動きがどんどん不自然に感じてきて、それがまた焦りを増幅させ、いっそう体が動かなくなって、となったところに、「(流れている)音楽のことだけを意識してみて」とアドバイスを受けます。偶然その音楽が彼の知っている曲だったので、そのおかげもあってか音楽を意識して聴け、それにのって体も自然に動くようになりました。
緊張という桎梏から解き放たれて、「自由」に踊れるようになったカボ。それは彼にとって、一つのカタルシスであり、壁を越えた瞬間でもありました。
他人の目からの自由。緊張からの自由。自分を圧し殺す抑圧からの自由。少しずつ、行きつ戻りつしながら「自由」を獲得していくカボの成長の姿が楽しいし、その成長が、ビートを感じさせるダンスシーンと同時に描写されるので、読んでてスコンと気持ちいいところに物語がはまるのです。
自由になった瞬間の解放感、気持ちよさ。そういうものが、この作品には横溢しています。その何よりの象徴が、ワンダの言う、彼女がダンスをやる理由。それは「自由になれる感じがする」から。
なにをやってもいい。どう表現してもいい。自分の体一つで、自分の思いを形にする。そんな自由さ。
とどのつまりは、楽しいから踊る。気持ちいいから踊る。そんな自由さ。


また、ちょっと目先を変えた話をすると、バスケをやっていたもののダンスは大の苦手だったカボが、目覚ましいスピードで上達していく理由づけがいいなと思うのです。
その理由付けが何かと言えば、彼の耳の良さ。部内でも一目置かれている部長から「ちゃんと音楽のニュアンスを汲もうとしている「意思」が見える」と評されているのカボの耳ですが、それはきっと、カボの性格、というか性質に由来していると思うのです。つまりは、上でも書いた「周りをよく見て、話を聞いて、空気をよく読」む彼の性質。それが人の話だけでなく、音楽にも当てはまって、曲想のニュアンス、テンポの緩急、リズムのアクセント、ビートの振幅、音質のイメージを自分の中で十分に咀嚼して、それをどうダンスに活かすか、ということを考えている、あるいは無意識にダンスへ反映されているのです。
こういうところ、うまく説得力になっているなと思うし、そういう、ある意味で理屈に拠っているカボのダンスの上手さと、ワンダの感覚的なダンスの上手さが、効果的に対比されているなと感じられます。


作中でも「同じ音を同じアクセントで取ればダンスは揃う」と言われていますが、この作品自体が、ストーリーのアクセントと、描写のアクセントが、気持ちいいタイミングでビシビシと当たっていくような印象で、読んでいてワクワクと気持ちが弾んでいくのです。
前々作の『のぼる小寺さん』もそうですが、珈琲先生はひたむきな人間、わき目を振らない人間の描き方がとてもよいですね。そして、それに引っ張られる周りの人間の描き方も。
初心者のカボに、それと一緒になって踊るワンダ。メンターの部長。そしてライバル候補のキャラクターも存在感を出してきているので、登場人物にも色がついてきました。続きがすげえ楽しみ。
第一話はこちら。
ワンダンス/珈琲 第1話「湾田さんのダンス」 - モーニング・アフタヌーン・イブニング合同Webコミックサイト モアイ



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