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『ぼくらのよあけ』記憶を塗り替える28年越しの打ち上げの話

前回に引き続き、『ぼくらのよあけ』について。

ぼくらのよあけ(2) (アフタヌーンKC)

ぼくらのよあけ(2) (アフタヌーンKC)

作品の舞台となる時代は2038年。いまよりちょっと先の未来。ですが、物語自体はもっと前から始まっています。2010年。いまよりほんのちょっと前の過去。主人公・悠真たちが宇宙に返そうとする「二月の黎明」号はその年、小惑星に擬して宇宙を旅していた最中に、予期せぬハプニングにより地球へと墜落しました。それを発見したのが、沢渡遼、河合義達、遠藤はるかの三人。遠藤はるかは後に沢渡遼と結婚し、悠真を出産。河合義達も別の女性と結婚し、もうけた第二子が、悠真と一緒に宇宙船を返すことになる河合花香。結局遼たちは「二月の黎明」号を宇宙に返すことはできず、その夢は子供たちに引き継がれたのでした。
技術と時間の足りなさに諦めざるを得なかった遼たちですが、三人とも「二月の黎明」号のことは忘れていませんでした。ただ、その忘れられない理由は三者三様のようで。特にその感情が露わになった、悠真の母・沢渡(旧姓遠藤)はるかについて考えてみたいと思います。
彼女がかつて、自分の子供と同じように「二月の黎明」号を宇宙に返そうとしていたことは、2話の段階で示唆されていました。

(1巻 p116)
SH3(本当はローマ数字)の宇宙での運用が終了するというニュースを目にした後に、彼女が見ていた写真です。屋上に水を張ってはしゃいでいる若い頃の写真。これは、その直前に悠真らが同様に水を張った屋上で遊んでいるシーンがあることから連想し、はるかも息子と同じようなことをやった過去があったのだ、と推測することは可能です(まあ連載を追っていた時は気づかなかったのですが)。
さらに、ニュースを目にする直前にも、

……ま ナナちゃん一緒なら危ないこともしないか……
まさかあそこ・・・は行かないだろうし
(1巻 p97)

と考えていて、危険などこかが身近に存在するという認識があったわけです。
そのあそこ・・・とは、もちろんまさに悠真らがいる団地の屋上なわけで。
もちろん団地の屋上は危険です。柵も設置されていませんから、やんちゃざかりの子供の遊び場とするには危険が危なすぎる。でも、それ以上に彼女が屋上を危険だと認識していたのは、まさにその危険な事故が起きたのを知っていたからです。というか、その当事者こそが彼女だった。
時は遡って2010年の夏休み。彼女は中学三年生。学校に墜落した「二月の黎明」号を遼、義達と共に見つけた彼女は、夏休みの間に宇宙船を宇宙に返そうと奮闘しましたが、前述したように技術と時間が足りないために諦めざるを得ず、結局宇宙船を団地(2038年にも住んでいる、同じ団地)の屋上に隠すことにしました。遼は受験勉強の為に集まりに顔を出すのも難しくなったため、その場にいたのは彼女と義達だけ。力及ばなかった自分たちに少しく落胆していたら、突然義達から、九州へ引っ越すことと、自分の事を好きだという告白をはるかは受けました。急なことにどう応えていいかわからなかった彼女は、いつにない雰囲気でにじり寄って来た義達に恐怖を覚え、彼を突き飛ばす。場所は手すりもない屋上。バランスを崩した義達は、何に遮られることなく空へと放り出されました。幸い、木の上に落下したために命を落とすところまでは至りませんでしたが、一生杖が手放せない身体になってしまったのは、2038年の彼の姿の通りです。
この事件は、はるかの心に深い影を落としました。宇宙船に関する思い出が、重苦しい受験の雰囲気に行き詰まりを感じていた中での一服の清涼剤ではなく、自分を好いてくれた友人を殺しかけてしまった暗く残酷なものに、最後の最後で塗り替えられてしまったからです。

けど やっぱり同時に怖かった
ゆうまが宇宙にどんどん近づいていって…… いつかあなたを見つけてしまったらどうしよう・・・・・・・・・・・・・・・・・・って
屋上であの子たちを見つけた時も やっぱり真っ先に考えたのはそれ・・
(2巻 p190)

「あなたを見つけてしまったらどうしよう」
ここには明らかに、見つけてほしくないというネガティヴな感情があります。なぜ見つけてほしくないのか。それは、否が応でも義達のことを思い出してしまうから。自分が殺しかけた義達のことを。

責任っていうのはそんな簡単に子供がとれるものじゃないの
もし あの時誰かが落ちて死んじゃったり一生残るような大けがしてたらどうするつもりだったの?
「ごめんなさい」じゃ済まされないんだよ? どう責任とるの? とれるの?
(2巻 p108)

これは、悠真の友人である真悟が屋上から落ちそうになったところを見つけた直後の、はるかの台詞です。「責任をとる」と言うその場の最年長であった銀之助に向けたものですが、自分自身を糾弾しているのと同じです。まさに28年前、義達に「一生残るような大けが」を負わせてしまい、「責任」をとりようもなく別れることになったはるかにとって、このシーンはあの時のリプレイのようなものでした。自分の罪が我が子らによって再演されるという、親として最悪に近い悪夢。

――本当はね ……ゆうま・・・が生まれたとき
それから 大きくなって宇宙のことに興味を持ち始めたとき
それから…… ナナちゃんていう人工知能がうちに来たとき
あなたと“虹の根”の風景を思い出さなかったときは無かったよ
(2巻 p190)

「二月の黎明」号のことを思い出す。でもその度に、あの記憶が蘇る。辛い記憶が。
だから彼女は、悠真がナナコのとの別れの挨拶から逃げた時に怒ったのです。

いいから一緒に来るの!!
ほんとに時間無いんだよ!?
このまま一生会えなくなってもいいの!?
(2巻 p223)

おそらく彼女は、義達と満足に言葉を交わすことなく別れることになってしまったのでしょう。だから「二月の黎明」号にまつわる記憶は辛いままだった。せめてちゃんと謝ることができていたら。
悠真がこのままナナコにきちんと別れを告げることなく宇宙船を見送ることになったら、きっと自分のように後悔する。我が子にまでそんな思いをさせたくない。だから彼女は、無理やり悠真を引きずっていった。

(2巻 p226,227)
最期の最期の「二月の黎明」号、そしてナナコとの別れ。その場にはるかがいたのは、28年前の過ちをやり直すためだったと言えるでしょう。一度犯した過ちは、同じ形で正すことはできません。別の形で報いるしかないのです。それが彼女の場合、我が子に同じ過ちをさせないことだったのでした。
「二月の黎明」号の打ち上げは、子供たちだけのものではありませんでした。28年前にそれを試みた大人たちにとっても、自分たちの失敗をやり直すためのイニシエーションだったのです。紙幅を多く割かれていたのがはるかですので、彼女の事情のみ読み取りましたが、遼にも義達にも、また別の形のやり直しだったはずです。特に義達。


しかしはるかさんは若いですね。これで40代とか、悠真が羨ましすぐる。



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