ウイグル自治区でのロケ中事故に遭い、荒野を一人さすらった末に死を覚悟したグルメ評論家・赤星亘。
最愛の妻に先立たれ、店をこれ以上続ける自信を喪ったラーメン屋の老店主・紅烈土。
いわれのない誹謗中傷に苛まれ、人生に絶望した女子高生・紅茉莉絵。
死の淵にいた三人の人生が、「たかがラーメン」によって導かれ、今一つの小さな奇跡を起こす・・・・・・
- 作者: 林明輝
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2015/04/23
- メディア: コミック
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一杯のラーメン。たかがラーメン。されどラーメン。それのために生に絶望し、生に奮い立ち、生をまっとうしようと意気込む。そんな、いっそ馬鹿らしいとさえ言えるような状況を大真面目に描くことで、漫画はここまで面白くなるのかと、目からうろこが落ちるような作品です。それぞれの理由で死を目前にしていた三人が、ラーメンを思いだし、あるいは出会い、一杯のラーメンの下に集うところまで、わき目もふらぬスピード感で描かれ、最後まで読み切った時には爽快感とラーメンの匂いが漂ってきます。
今まで世界各国の美食を味わってきた男・赤星亘。今回もテレビ取材で中国はウイグル自治区の
「清蘭のラーメンが食いてぇ!」
以前取材で訪れた、群馬はT市にあるラーメン屋・清蘭。なぜだかわからないけれど、それが食べたい。食べたくてしょうがない。食べずにはいられない。
猛烈な食欲に突き動かされて、彼は再び気力を吐き出し、不毛の大地で歩を進めだしたのです。
同刻・日本は群馬のT市。清蘭の入ったビルの屋上で、一人の老人が虚ろな目をして座っていました。彼の名は紅烈土、清蘭の店主です。しかしその清蘭は現在長期休業中。かつては名店として名を馳せた清蘭ですが、紅と共に店を切り盛りしていた彼の妻・圭子が亡くなって以降、見る見るうちに客足が離れてしまったのでした。圭子が死んで、紅は初めて気づきました。紅が麺を打ち、圭子が調理したものこそ、清蘭のラーメンと呼べるものなのだと。
紅曰く、「類まれなる食欲の持ち主」だった圭子は、「1日200食以上作るラーメンのそれこそ1杯1杯のいちいち全部を 自分が食いたいという想いで作っていたふしがあ」る、「純粋にラーメン好きの“とんでもない食いしん坊”」であり、そんな彼女が調理してこそ、清蘭のラーメンだったというのです。
でも、そんな彼女はもういない。客足は途絶え、見る影もなくなってしまった店の屋上、気力の萎えきった紅が、圭子の下へ行こうと今にも宙へ身を躍らせるその瞬間、一本の電話がかかってきました。
その電話から遡ること数時間、茉莉絵は、自室のベッドの上で手首を切り裂いていました。親友だと思っていたコジマが、学校の裏サイトで流していた、自分が売春をしているという根も葉もない誹謗中傷。根も葉もなかろうと、面白そうだからという理由で、周りもやっているからという理由で、悪意なく悪に傾くクラスメートたち。絶望のままに孤立した茉莉絵は、衝動的に割ったグラスを手首に振り下ろしたのです。紅への電話は、茉莉絵の危篤と、輸血の協力を伝えるものでした。
我に返った紅は病院へ急ぎ、彼や他の家族の輸血によって、茉莉絵はなんとか一命を取り留めました。悪夢に魘されていた茉莉絵は意識を回復させると、傍らに居た紅から促されるまま、彼手製の塩スープを一口飲んだのです。するとどうでしょう、彼女の意識の中に今まで見たことも無いはずの人たちが立ち代わり現れ、ぐるぐると渦を巻き、細胞の一つ一つに浸み込むようにして、全身にスープと気力が行きわたったのです。
未知の体験に心を震わせた茉莉絵は退院後、彼女からの電話で我に返り自殺を止め、ラーメン屋を再起させようとした紅に会いにいき、自分が祖父の跡を継ぐと宣言しました。こうして、失われかけた清蘭のラーメンに復活の灯がともり、その灯を目指すようにして、赤星は足を引きずるのです。
日本では、紅による茉莉絵へのラーメン伝授が始まり、その中で、彼女に欠けている、でも清蘭のラーメンにはなくてはならないもの、すなわち特異なまでの食欲の重要性が露わになっていきます。それを彼女がどうやって手に入れるのか、という方向で話が進みます。
一方ウイグル自治区では、赤星は偶然そこを通りかかったタジク族の遊牧民に助けられ、なんとか日本に帰る目星をつけることができました。体力を回復させ、中国の大使館と連絡をとれる場所に行くまでの数か月の間、彼は、生きることについて、自分について、世界について、厳しい自然の中で見つめ続けます。
日本とウイグル。二つの離れた場所で、最高のラーメンを手にするためそれぞれの人間が足掻き続け、それが最後には、一杯のラーメンへと導かれ、一つの小さな、でもとても大事な奇跡として集約するのです。これがわずか9話という少ない話数の中で一目散に駆け抜けていく。
最終話で作られた一杯の塩ラーメン。赤星がそれを食べるためにウイグルから奇跡の生還を果たした塩ラーメン。それを食べるときの彼は、美味しいというよりも、幸せというよりも、満足。ただひたすらの、充足。見失っていたピースをぴったり埋めてくれた、途方もない充実感。そして、それを作った茉莉絵らが得たもの。ラーメンの温かさのように、それらが私の心にも満ち溢れてきました。これは実に素晴らしい漫画です。
上下巻それぞれに、『傘がない!!』『宇宙人かよ!』も収録されていますが、こちらもスピード感あふれる読み応えのある作品。買って損のない二冊となっています。
現在、第1話を試し読みできますので、まずそちらをどうぞ。
モアイ ラーメン食いてぇ!/小林明輝
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