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ヤマシタトモコに見る、越境・連結するフキダシによる読みやすさの話

そこかしこで聞くヤマシタトモコ先生の評判に、「文章が読みやすい」というものがあります。最初は統辞レベルでそれが何によるものなのかを考えてみようと思ったのですが、口語性の強い言い回しくらいしか思い当たることがなく、じゃあそれがどう読みやすさにつながるのかわからず、どないしたものかなと思いながら作品を読んでいた時にふと目に付いたのが、コマを越境するフキダシなのですね。
たとえばこんなん。


(「魔法使いの弟子」 p94)

ジュテーム、カフェ・ノワール (Dariaコミックス)

ジュテーム、カフェ・ノワール (Dariaコミックス)

手元にある漫画を開いてもらえばわかりますが、たいていの漫画はフキダシがコマ内に収まりきらない場合、枠線によってフキダシ外縁が変形しています。

もやしもん 8巻 p109)
これは、一つの発話がそこで終わり、次の発話者にバトンタッチをしている目印として役立ちますが、反面、文章量の多い発話を妨げるというデメリットもあります。フキダシをコマごとに区切っていると、小さいコマ(絵の情報量が多くないコマ)では文章量を増やすことができず、必然的にフキダシが増加していきます。多量のフキダシで区切られた文章は線条的に読むことが難しく、文章の体裁そのものにも制約がつきます。文章の途中でフキダシ(コマ)が切り替わっては読みづらいですから、一つのフキダシで文章が収まるよう一文を短く切り詰めなくてはならないのです。
コマを越境するフキダシは、そのような文章の制約を減らします。フキダシが複数のコマで一つに繋がっているため、一つのフキダシ内で一文を長くするか短くするか、状況・文脈に応じて選択できるのです。長い一文を一息で言うにしろ、短い一文をいくつも重ねるにしろ、そのような手法をとれるということは、選択の余地がない場合に比して表現の幅が大きくなるということです。その幅をうまく活かしているということに、読みやすさの一因があるかと思います。
また、複数のフキダシを一繋ぎにしたフキダシは、その形状から、読み手の視線の流れを生みやすくなります。


(「エボニー・オリーブ」 p189)

ミラーボール・フラッシング・マジック (Feelコミックス)

ミラーボール・フラッシング・マジック (Feelコミックス)

コマを越境し、連結されたフキダシは、それそのものが文章を右上から左下へ目で追いやすい形状となり、さらに複数のフキダシが右上から左下へと配置されている。こうすることで、視線が右上から左下へと力強く誘導されます。ページ構成自体もフキダシ以外はキャラクターの顔のみで、図画的な情報量が少ない。ために、セリフをすらすら読みながらキャラクターの表情が視界に入っても、情報のキャパシティを越えにくい。このようなフキダシによる視線誘導術にも読みやすさの理由があるでしょう。
さらに、この越境するフキダシと通常のフキダシを対置することで、複数の話者の立ち位置を差別化することもできます。


(「夢は夜ひらく」 (p144)

YES IT'S ME (マーブルコミックス)

YES IT'S ME (マーブルコミックス)

これは、メイクルームで働く主人公の男性の店にかつて付き合っていた男性(既婚)がやってきて、「昔は男同士で付き合うなんて若気の至りをやったけど、やっぱりいつかは結婚しなくちゃなんだから、お前も早く女と付き合えよ」的なことを一方的にまくし立てているシーンです。越境するフキダシは画面に映っていないかつての恋人だった男のもので、コマの枠線にかかっていないものが描かれている主人公男性のものです。連結したフキダシで一息に長いセリフを書き込み、さらにそれがコマを越境することで読み手に対してより前景化する印象を与える/対照的に主人公のセリフは連結した大きなフキダシにもかかわらず言葉はほとんどなく、前景化した相手のセリフに比べて相対的に地に追いやられる。つまり、セリフ量だけでなくフキダシの描き方でも実にさりげなく、若気の至りでなく現在もホモセクシャルであり、一方的に言いつのられる主人公、という状況を強化しているのです。


とまあ、当初考えていたこととは違う着眼点となりましたが、ヤマシタ先生の作品の読みやすさというものをフキダシの遣い方から考えてみました。
現在アフタヌーンBUTTER!!!』を連載中のヤマシタ先生ですが、もともとBL畑で短編を多く描いているからでしょうか、私は短編の作品の方が好みです。画像を引用した作品はどれも好きなものですので、一読をお勧めします。BLが多いですが、性描写はさして多くないので、普段読まない方でもそれほど気にならないかと。あえて一冊勧めるなら『ミラーボール・フラッシング・マジック』(非BL)。表題のなんとも素敵にばからしい連作短編が大好きです。



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