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「なるたる」に見る、「父殺し」と「アニキの死」による物語の駆動の話 前編

なるたる(1) (アフタヌーンKC)

なるたる(1) (アフタヌーンKC)

しばらく前から「なるたる」を「父殺し」という観点から考えてみたいなと思っていたのですがまとまらず、いまいち切り込みあぐねていたところ、三等兵さんの書かれた興味深い話がピコンともう一つの視点を閃かせてくれました。
3ToheiLog:物語における「アニキの死」について
三等兵さんは、ジャンプの某漫画を念頭に置いて、「タッチ」、「あしたのジョー」、「ジョジョの奇妙な冒険第5部」、「グレンラガン」を引用しつつ、物語や神話の基本構造において「父殺し」と並んで大きなテーマとされる「アニキの死」について書かれています。
「評価者」である父親に対して、アニキはもっと距離の近い「競争者」としてのポジションを占め、「アニキの死」は物語の動機を強く拘束するのだ、と。

これらの数多くの名作物語で特徴的なのは、「偉大なるアニキ」が死んだあとにこそ、真の物語が駆動しはじめる、という点だ。
つくづくストーリーテラーは業が深いと思うのだが、兄の死というのは、物語を駆動させるためのもっとも強力なエネルギーとなる。

その瞬間まで、主人公の戦いは「自分の意思」「自分の願望」によるものだった。そしてそれはまた「兄の行動を真似したもの」だった。

「アニキの死」を境にして、主人公の夢は「自分の意思」ではなく「引き継がれた兄弟の夢」「志半ばに倒れたもう一人の自分の夢」になる。

このポジションとしての「父」と「アニキ」というものに着目して、「なるたる」を読み直したいと思います。

なるたる」の父殺し 佐倉明と貝塚ひろ子の場合

人間の竜の子の保持者は、みな子どもです。それゆえ、親子関係の項においては、常に子の位置に存在します。*1
作中で登場した竜の子の保持者で、最終話でのシイナの暴走の前(すなわち、シイナと涅見子以外の全ての人類が滅ぶ前)に親の死が描かれた者は、小森朋典、佐倉明、貝塚ひろ子、そしてシイナです(須藤直角の家族は行方不明で、生死は不明)。四人の内、明とひろ子の父親は、彼女ら自身によって殺されました。明の父は、小森からもらったダガーナイフで刺され、ひろ子の両親は、彼女の竜の子・鬼の爪によって貫かれ。
形は違えど、明もひろ子も、父親によって強く抑圧された生活を送っていました。
明は父親の過剰な愛情に囚われて、また自身も強く父親を愛し、近親相姦までかなり近づいていました。

あなたはさっさと自分で相手を見つけなくちゃいけなかったのよ
まあ そうするにしてもお父さんの呪縛があったのかもしれないけれど
あの人は鈍い人だったから あなたの気持ちに全然気づいてなかった
まあ カンのいい人でそうなってたら
私が殺してたと思うけどね
あなたを


(9巻p181)

これは明の母親が、父親を殺して施設に入った明に向けた言葉です。明の母は、母であり、妻でした。そんな人間から見れば明と父親の関係は、それほどまでに歪で、切迫していたものだったのです。
鶴丸から「ニンフォマニア」と指摘された明は、近しく接せられた男性に興奮を覚えます。小森にも、鶴丸にも、直角にも、クラスメートの石田にも、シイナの父にも、彼女は欲情していました。


ひろ子の父親は、情愛の面から明を支配していた彼女の父親と違い、人生設計のレールからひろ子をを監視、支配していました。娘を私立の中学に入れるため、小学校の生活を内申のためだけのものと割り切り、娘の友人関係にまで口出しをしてきます。陰湿ないじめを受けていたひろ子は、「友達って言えるような子 シーナしかいない」と自ら言うほどにシイナを精神的に頼っていたのですが、父親が自分に黙ってシイナの家に電話して縁を切るように告げたことを知り、心の堤防が決壊しました。今まで隠していた竜の子・鬼を暴走させたのです。
結果ひろ子は、両親を殺し、いじめていたクラスメートを殺し、シイナの父を殺そうとしました。

もう何人殺してもいっしょでしょう
それにわたし シーナのためにもなると思う
シーナのお父さんは シーナの為にも生きていないほうがいいのよ

友達になろう シーナ


(6巻 p201,203)

父親に抑圧されていたひろ子は、シイナにも同じものを感じ取っており、彼女の父を殺すことで同等の存在(父から脱却し、超自然的存在である竜の子を保持している)すなわち友達になろうとしたのです。

明が求めたもの、ひろ子が求めたもの

竜の子の保持者である二人が、同じ6巻で父殺しを敢行したことは偶然ではないでしょう。彼女らの父殺しによって、シイナはホシ丸と距離を置きました。つまり、自身を竜の子にまつわる物語の外側に置こうとしたのです。
ひろ子によって、シイナがいまだ父親と癒着している状態だというのは指摘されました。明とひろ子の父殺しは、シイナにもその可能性を教えました。
フロイト的には、父殺しの意味は「父親を倒して、父親の所有する社会権利を(象徴としては「母」を)奪いたい、という人間の無意識願望」とされます。
明にとっては、それはおそらく、「愛される客体(対象)の占有」でしょう。明の父が占有していた「愛される客体」は明の母であり、同時に、明の母が占有していた「愛される客体」は明の父でした。この二項の補完関係に、明が介入する余地はありませんでした。この時、明が母を殺しても、明が父を「愛される客体」として占有することはできません。なぜなら、実の父を愛すること、すなわち近親相姦はあらゆる社会で禁忌とされており、母を殺したところでその禁忌は消えはしないからです。ですから、愛する者(=愛される対象=父)を歪な形で占有するために、父を殺したのではないでしょうか。
あるいはその逆で、明は近親相姦から逃げるために、他の誰かを禁忌なく愛するために父を殺したのかもしれません。その場合、父が所有していた社会権利は、「社会的に正当に人を愛すること」でしょうか。内心はどうあれ、彼女の父は妻を持ち、社会的に承認されている愛を所有しています。彼女がその権利を得るには、禁忌の愛の対象だった父からの呪縛を断ち切ることが必要だったのです。
けれど、その両方だと考える方が的確だと思います。彼女は父を愛し、同時に他の男性も愛の対象としていたのですから。彼女は、父を欲し、同時に父からの脱出も欲したのです。
ひろ子が父から奪おうとしたものは、おそらく、「他者を抑圧することのできる立場」です。彼女の父は、家長として傲然と振る舞い、母とも非対称な関係性を持っています(29話で、父親のみがソファに座りひろ子と母が立ったままで説教をしているのは、それの象徴的なシーンです)。その権力を、父を殺すことでひろ子は得ようとしました。

わたし 我慢するのやめたんだ
わたしが我慢して 誰かの犠牲になるとか そういうの
だって あれがあれば何でもできるんだから
気にくわないものは 潰しちゃうの


(6巻p196,197)

他者を抑圧する力。それはひろ子にとって鬼であり、それを閉じ込めていた鍵を開けたのは父殺しだったのです。


では、もしシイナが父殺しを行った場合、俊二から奪っていた社会権利はなんだったのか。


という引きで恐縮ですが、長くなりそうなので一旦止めます。後編は、「父殺し シイナの場合」からお送りします。「アニキの死」までいけませんでしたが、ちゃんと触れますよ。
なるべく早く書きますんで、しばしのお待ちを。


10/2/22追記:というわけで、早めの更新です。
「なるたる」に見る、「父殺し」と「アニキの死」による物語の駆動の話 後編 - ポンコツ山田.com




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*1:鶴丸には4巻の段階で5人の子どもがいますが、この時点では彼は、竜の子の保持者とは明かされていませんでした。