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「3月のライオン」 「家族」の喪失と補填、そしてそこに馴染まない二人の話

「3月のライオン」手段と目的としての「将棋」と「家族」、そしてそれから解放してくれた川本家の存在という話 - ポンコツ山田.com
前回の記事に引き続いての「3月のライオン」の話。今日は「家族」について重点的に。


主人公・零が三つの「家族」を経験してきたことは前回の記事で書きました。
一つ目。彼の本当の家族である桐山家。
二つ目。「将棋のお父さん」である幸田を父とする幸田家。
三つ目。「家族」を望まなくなった零の前に現れたあかりを母とする川本家。
まあ川本家を「経験した家族」と過去形で語ってしまうのには少し抵抗がありますが、現在進行形というか、「家族」として触れつつあるというか、まあそんな具合の関係です。
最初の家族を小三のときに事故で亡くした零。喪われた父と母と妹。欠落した「家族」はどのような形で埋められるのでしょうか。ひとまずそれを形式的に並べてみましょう。
二度目の「家族」・幸田家には、家長の幸田により引き取られました。端的に「父」ですわな。家族を亡くした零は、その葬儀の場で次の「家族」、なにより「父」を埋め合わせることを選択しました。
幸田の妻が零にとって「母」たりえたのかどうか、それはまだ何も語られていないので、肯定も否定もできません。ただ、三度目の「家族」であるあかりが

ボクはあかりさんになんとなくさからえない……
最初に一番みっともない所を全部見られてしまったから
――もうとりつくろえないのだ……

(1巻 p77)

のように表現されているところを見ると、零にとっての次なる「母」はやはりあかりの登場を待たなければいけないのではと思います。
生まれたばかりの赤ん坊が、授乳から排泄まで全てをあけっぴろげにして「母」(生物学的な意味ではなく、象徴的な意味で)の世話になり、母に対して圧倒的、むしろ不可逆的なビハインドを負うように、ファーストコンタクトで嘔吐を手伝ってもらうという醜態を晒した零もまたあかりに対して自分をとりつくろうことができず、まさに「母」に接する子のような態度となっています。
小三の時に出会った幸田の妻ではなく、中学卒業後に出会ったあかりにこのような感情を抱く羽目になったのは偶然の結果ではありますが、その偶然のためにあかりは零にとっての「母」なりえたのです。彼女自身、川本家の「母」として既に振る舞っていましたから、零にとってのこのポジションに収まることに不都合はなかったと思います。
そして川本家末娘のモモ。
怪我をした彼女を見て死んだ妹を思い出したように、無防備に抱きついてくる彼女にあたたかさを感じて抱きしめ返すように、零は彼女に「妹」を見ています。
かつて家のタンスにシールを貼って、妹と二人母に怒られた思い出。優しい記憶として浮かび上がってきたそれは、川本家から最初の自分の家族のような慰安を感じていることを表しています。

この古い家が
時間と みんなと 全部を
そして 僕の事まで
そっと包んで まどろんでいるような気がした

――そうして僕は眠りにおちた
いったい何年ぶりかわからないくらい
深くてやわらかな眠りだった………

(3巻 p40,41)





さて、ざっとの説明ではありますが、彼の喪った家族、父、母、妹を埋めうる存在はこれで登場しました。ですが、3巻までの「家族」パートのキャラクターはそれだけではありません。まだ、零にとって重要な役割を果たす二人が説明されていません。すなわち、幸田家の長女である香子と、川本家の次女であるひなたです。
元々あった「家族」のポジションには入らなかった二人は、零とどのように関係付けられるのでしょう。


香子と零の関係は(法律上のものではないとしても)義姉/義弟ですが、彼女にとっても彼にとっても、それだけで説明しきれるものではありません。
香子にとって零は、後からやってきて自分から父を奪ったもの。「良くも悪くも全てが「将棋中心」だった」幸田の歓心を買うために将棋に打ち込んでいた香子と歩ですが、ある日幸田が連れてきた零により、幸田の関心の中心から外れることを余儀なくされてしまったのです。
生来気性の激しい香子は、零を憎みました。ですが、それだけではありませんでした。愛憎相半ばと言うか、可愛さ余って憎さ百倍というか。
彼女が零にした行為群(主に零のカットバック的な回想で語られるシーン 1巻p127,128 2巻p158 3巻p138,151)はただの憎悪で説明できるものではありませんし、2巻での零宅への訪問も、憎いと思っているだけの相手にはできないことでしょう。
そして、そんな複雑な感情は零にとってもまた然りです。
香子のことを「義姉さん」と呼ぶ零ですが*1、その言葉の裏には姉弟以上の感情があることは明らかです。後藤に食って掛かったように、感情を昂ぶらせる零の姿はとても珍しいものです。
具体的にはまだ語られていない、香子が零にしたこと。それは零の心に大きな傷痕を残しています。
ひなたが高橋を応援するところを見て「まっとうな恋っぽいよ!!」と思った直後や、香子との

「なんでアンタんちじゃダメなのよ」
「………」「なんでって………」
「………今 何考えたか当ててあげようか? 零」「フフ 冗談よ こわいカオ」

(2巻 p158)

の会話の中で、寝ていた自分が香子にのしかかられているところを思い出すように、おそらく零は香子に対して「まっとうではない恋」を抱いていたのだと思います。義理の姉弟という道徳的な意味での非まっとうさではなく、負い目や贖罪、申し訳なさなどがまとわりついた、屈折した恋心。

離れたくなかった
でも もう一緒にはいられなかった
早く大人になりたかった
自分の足で立てるようにならなければ
大事な人たちを
守れないと思ったから

(3巻 p150,151)

それを今もなお零はひきずっているようですが、当の香子は妻帯者である後藤を愛しています。彼女の恋心もまた、零とは違った意味で屈折していますが。

「手を上げられたりしてない?」
「手を? 私に? まさか」「――でも もしそうなったとして… 私がおとなしく殴られてると思う?」「刺すわよ 寝てるとこ もう二度と起きれないくらいにね」
「………そんなに?」
「ええ 好きよ」

(2巻 p116,117)



で、零が香子に対して葛藤を抱いているところでひなですよ。
ひなが高橋に(まっとうな)恋心を抱いていることは前述しましたが、彼女のそれは、実ることなく終わってしまう公算が高そうです。なぜかと言えば、高橋は四国の強豪校へ行くことを決めたから。
ひながその事実を知っているかどうかは、3巻の時点ではなんとも言えません。作中では年も明け、受験も近いでしょうから、知っていてもおかしくないとは思いますが。
新年度が来れば、十中八九離れ離れになる二人。その前にひなが何かアクションを起こすのか。私はしないと思いますし、したところでひなの気持ちが実ることはないと思います。なんというか、話の流れ的に。
既に幾度かひなは、零に対してかなりプライベートな面を見せています。6話の送り盆の後や、7話の試合後のシーンなど。
零は零で、ひなと同様6話のシーンで彼女の感情の激しさに何か感じるものがあったり、14話でひなに向けられた満面の笑みなど、彼女から強い感情を受けています。
その両者の現時点での一つの形が、25話のシーン。

「モモ」「じゃ れいちゃんに言ったげないと」
「なんて? あのねっ れいちゃんテストなんだって」
「そ こういう時は何て言うのかな?」「『がんばって!!』って言うんだよ」
「れいちゃん!! がんばって☆」
「はい」「がんばります」

(3巻 p74,75)

まあこれは零とひなというよりは、零と川本三姉妹(セリフはないが、柔らかい笑顔のカットのあかりも含めて)の交流の一つの結晶という方が近いですが。
なんというか、例とひなの関係が、一番イーブンに近い感じがするんですよね。
表紙や扉絵でも、しばしばピンや零とのツーショットで描かれるひなは、姉や妹に比べて少し違ったポジションにいると考えてもよさそうです。
零の「母」たりえるあかりと「妹」たりえるモモ。では零にとってひなは何なのか。
あかりにとって「子」たりえ、モモにとって「兄」たりえる零。ではひなにとって零は何なのか。
零⇔香子の関係と共に、零⇔ひなの関係も今後の展開の肝になったりするんじゃないかなと思ったり。
ていうか、ひながかわいいからスポットが多くあたると嬉しいと言う主観も多く混じってたり。
3巻のピンナップイラストのひながかわいくてもうどうしましょ。




とまあ多分に主観と願望の混じった、零を中心としたポジション/役割としての「家族」という話でした。「家族」パートの話は、「喪失と補填」が一つのテーマになってるんじゃないかと思うんですよ。「喪失と回復」ではないのは、きっと一度無くしたものは二度と同じ形では手に入らず、別の形で埋め合わせるしかないからです。
じゃあ「将棋」パートの話はなんだというと、まだよくわからないんですが。
しっかし面白いな、「3月のライオン」。「続刊が楽しみなコミックス」ランキングで五指に入る。ちなみに他は、「GIANT KILLING」と「宇宙兄弟」と「少女ファイト」。もう一つに何が入るかは「ハックス!」、「ぼくらの」、「終わりと始まりのマイルス」、「惑星のさみだれ」がいい勝負。






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*1:まあ「香子さん」とも呼びますが。余談ながら、この作品ではキャラクターの呼びかけがよくぶれます。零もあかりたちから「れいくん」「れいちゃん」「桐山くん」と、使い分けの基準もよくわからず呼ばれています。モモだけは「れいちゃん」でほぼ統一されていますが。付き合いの長いはずの二海堂も、いつの間にか「二海堂さん」から呼び捨てになっていましたし