コトヤマ先生の、現在絶賛連載中の『よふかしのうた』。
本作は言ってみれば、日常に馴染めなくなってしまった少年が、そんな日常を気楽に無視して過ごす吸血鬼の少女と出会う、ボーイ・ミーツ・ガール。ささいなことをきっかけに、学校へ通うことができなくなった中学生2年生・夜守コウが、吸血鬼ナズナと出会い、彼女が提示した価値観に感銘を受けて、その価値観でもって生きていくために、吸血鬼になろうとする物語です。
最新刊である3巻で新たにナズナの同族、すなわち別の吸血鬼たちが登場したことで、ナズナの異端ぶりや、本来吸血鬼にとって吸血行為はどのような意味をもつものなのか、ということなどが明らかになりました。物語の幅が広がりましたね。
で、この幅が広がったタイミングで、改めて本作の構造や登場人物のあり方を整理してみたくなりした。まず本稿では、そもそものコウの行動原理を追ってみようと思います。
上でも書いたように、コウがナズナと交流するのは吸血鬼になるためです。しかして本作における人が吸血鬼になる条件、それはただ吸血鬼に血を吸われればいいのではなく、「吸血鬼に惚れた人間がその吸血鬼に血を吸われると 晴れて眷属になる」、端的に言えば「人が吸血鬼に恋をすること」です。かくしてコウは、吸血鬼になるために、ナズナに恋をしようとするのです。
さて、ここで重要なのは、彼の最終的な目標は、ナズナが示してくれた価値観で生きることだということです。つまり、ナズナに恋をすることは副次的なことに過ぎないということです。
ナズナが示した価値観とは「今日に満足」することですが、それに強く惹かれたということは、コウは満足できないまま日々を過ごしていたということです。
元々コウは、学業も優秀で、誰にも愛想よく振る舞っていて、交友関係も良好でした。それは、同級生の女子から告白されるくらいに。しかし、コウのそのような優等生然とした態度は、「好きとか嫌いとか 愛とか恋とか よくわかんない」ことからくる、ある種の他人への無関心に端を発するであり、そしてそれは恋愛感情に留まるものではなく、友人関係においても彼は「友達ってどこから言っていいんですか…?」と疑問を持つくらいには他人との距離感、距離の近づけ方が不得手な人間でした。
そんな彼ですから、女子から告白されたところで、できた返事はお断り。「愛とか恋とか よくわかんない」から。惚れた腫れたは当事者間のものですから、告白されたコウが断ればそこで話は終わるはずですが、コウが告白を断ったということを伝え聞いた、女子生徒の友人から理不尽な難詰を受けてしまいました。
それがきっかけで、コウの不登校が始まりました。この件がすべての原因というわけではなく、今までたまっていた(けど無視していた)不満が一気に表に出てしまい、学校が「つまんなくな」り「つかれちゃっ」て「何もかも嫌にな」ってしまったのです。「やりたいこともなりたいものも無かったから せめて正しくあろうと思っていた」のに、その正しさすら失敗してしまった。「それ以外の価値観を知らなかった」彼は、失敗してしまった場所(=学校)に通うことができず、夜をうろつくようになりました。
そして示された、ナイト・ウォーカーすなわち吸血鬼のナズナの価値観。
今日に満足できるまでよふかししてみろよ。
そういう生き方も悪くないぜ。
(1巻 p56,57)
その言葉に衝撃を受けたコウは、ナズナに頼みこみます。
「俺を吸血鬼にしてください」と。
俺は多分踏み込みきれない きっといつか今までの生活に戻って つまらない日々を過ごす でももう知っちゃったんだ 夜を。
初めてなりたいものができたんだ。
この気持ちをなくしたくない。
(1巻 p59,60)
この気持ちをなくしたくない。今日に満足したい。そう生きたい。そのために彼がしなくてはいけないこと。それは後戻りできないよう吸血鬼になること。そのためには。
だから 俺に恋をさせてください
(1巻 p60)
かくしてコウは、ナズナに恋をしようとするのです。
あらためて整理すると
・「今日に満足」して生きたい
↓
・そのためには(後戻りできないよう)吸血鬼になる必要がある
↓
・そのためにはナズナに恋をする必要がある
という形が、コウの行動原理です。大目標(「今日に満足して生きること」)に至るために小目標(ナズナに恋をすること)を目指しています。ナズナに惚れることが、ゴールであってゴールじゃない。
誰かを好きになろうとするという、ある意味トンチンカンな行動。それが本作の面白いところだし、誰かを好きになるってのがどういうことかわからないコウの苦悩にもつながるし、ひいては「誰かを好きになるとはどういうことなのか」という非常に難しい問いにもつながっていくのです。
さて、今回はこのへんにして、次回はその「誰かを好きになるとはどういうことなのか」ということがどう描かれている、考えてみたいと思います。
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