人生そろそろ崖っぷちな、三十路のオーバードクター(≒フリーター)温巳。そんな彼の許へ十年来行方知れずだった叔母の訃報とともにやってきたのは、シングルマザーだった彼女の一人娘・久留里だった。頭でっかちの学者(未満)の温巳と、人付き合いに積極的にならず我が道を行く久留里。どうにも社交性に乏しい二人のぎこちない生活を、毎日のおべんとう作りが少しずつ繋いでいく……
- 作者: 柳原望
- 出版社/メーカー: メディアファクトリー
- 発売日: 2010/01/23
- メディア: コミック
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なんといいますか、不器用な物語です。温巳も久留里もどうにも不器用。
温巳の不器用さは、細々としたことはできるし、能力もあるのに、それを合目的的に活かせない要領の悪さ。理屈先行の頭でっかちで、良かれと思ってしたこと言ったことが、いちいち裏目に出てしまう。
久留里の不器用さは、人付き合いの下手さ。無口、一人が気にならない、馴れ合い嫌いの三拍子。小さいころからそんな具合だから、新しい学校でも友達は作れず。
そんな二人が一緒に暮らすわけですから、最初から上手くいきっこありません。新しい生活を始めるにあたって最初からうまくいく人などまずいませんが、それに輪をかけて、です。保護者としてなんとか面倒を見ようと空回りする温巳と、世話になる手前、できることは自分でやろうと動く久留里。気の遣い方が噛み合わない。
そもそも、今まで一度も会ったことのないオーバードクターとローティーン。生活が噛み合うはずもなくて。
けれど、人間が人間である以上必ず噛み合うもの。それが食事です。衣食住とか、性欲睡眠欲食欲とか、人間が生きる上で大事な事はありますが、一番手軽に共有できるのは食事です。一緒の食卓で、一緒に食べる。それができるだけで、家族は共同体として立ち上がります。それは今まで紹介してきた『放浪の家政婦さん』シリーズや『きのう、何食べた?』の記事でも書いていますが、日々の食事を一緒に食べるという行為は、そこで暮らす人間の紐帯を強化するものとして非常に有用なのです。
また、人間の細胞は日々入れ替わっており、一年もすればもう90%は別の細胞に変わっているのだとか。そして細胞のもとになるのはもちろん日々の食事。ですから、毎日同じ食事を食べていれば、同じ細胞からできた身体になっていると言えるのです。同じ身体の人間が一つ屋根の下で暮らす。そういうものが家族であると、久留里も言っています。
この作品でメインとなる食事はおべんとう。一緒の食卓で一緒に食べる性質のものではありませんが、相手がいつ、どこで食べるかを考えなければ作るのが難しいもの。校内なのか校外なのか、一人でか複数人でか、食べる場所は暑いのか寒いのか、体調はどうか。そういうことを考えないと、いざ食べる時にひどい目に遭ったりします。素麺を遠足のおべんとうにして、茹でて水で〆たものをそのまま詰めたら乾いて固まっちゃっていたり、身体の調子が悪いのにから揚げがおかずだったり、ヘボ(蜂の子)ご飯を学校のおべんとうにしたり。うっかりしていては、楽しいおべんとうライフは望めない。楽しいおべんとうライフを望むには、それを食べる人のことを考えなければならない。
弁当作りは不思議な時間だ
今食べるわけじゃない食事を作る どこにいてどんな状況か思いを巡らせて整える
ほんの少し未来をしつらえる作業なのだ
(1巻 p102)
食べる人のことを考える。
それは相手を知ること、知ろうとすること。こうして、温巳と久留里の生活は、少しずつ噛み合っていくのです。
温巳は地理学の博士号取得者。地理学を確立したフンボルト曰く、「直接現地へ行って あまねくすべてを見て聞いて測って記録して採集して すべての要素が有機的に繋がって構成する全体を捉えよう」とするのが地理学の基本である、と。相手の事を理解しようとするのもそれと同じ。相手のことを全部見る、見たいとこばかり見てちゃいけない。そうすると、当然自分にはわからないこと・知らないことも見えてくる、疑問が生まれる。その自分の無力さを噛みしめた上で、なお知ろうとするのが、地理学であり、人間の理解であると。
こうして始まった二人の生活。不器用だからこそ、少しずつお互いの生活が近づいていくのが、じわじわと心温まります。久留里が温巳のことを「ハル」と呼ぶようになったり、温巳が久留里に学校の手伝いを頼んだり、わがままで温巳を困らせるようになったり。最新刊の4巻では、今まで滅多になかった久留里の笑顔が頻繁に見られるようになりました。そして、変わっているのは久留里だけではありません。保護者役の温巳だって、久留里と暮らし始めて初めての経験ばかり。人付き合いでも学者業でも、新たな視点をいろいろ発見しています。誰かと暮らすというのは、そういうことです。快適に暮らそうと思えば、独りよがりの事はできません。相手の事を慮って、その上で我慢すべきことは我慢して、言うべきことは言って。気づくことはたくさんあり、変わることもたくさんあります。
家族になりつつある二人。でも、久留里は温巳に恋心を抱いているものだから、家族という括りにも居心地悪いものがあったりして。温巳に同僚の女性研究員が近づきだしているのも、久留里は気が気じゃなく。
さてさて、高杉さん家はこれからどうなっていくのでしょうか。
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