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漫画の話です。

「ハックス!」対構造により鮮明に描かれるキャラクターたちの話

完結した「ハックス!」を前にして、どうにもウンウン唸っているわけですよ。いったいどういう風に感想を書けばいいのかと。大好きなだけに思うところはいっぱいあるのですが、大好きなだけにそれをどうまとめていいかわからない。感想なんちゅう曖昧なものでは、どうにも捉えようがない。
なもので、いつものようになんかテーマを据えて、感想とは趣の異なる記事を書いていこうと思います。それがもう感想代わり。
今日のテーマは、「ハックス!」のキャラクターの対構造です。対構造とは、ある二人のキャラクターが対照的であったり、あるいは同質の性質を持つという意味でセットになっている、ということです。

ハックス!(4) <完> (アフタヌーンKC)

ハックス!(4) <完> (アフタヌーンKC)

この作品の主人公は阿佐実みよしです。新入生歓迎会で見たアニメに心を動かされ彼女が、「すごいアニメ観てすごい!ってなった」気持ちを原動力にして自分もアニメを作ろうとするストーリーになっています。
作品の冒頭から示されているように、みよしはちょっとズレた女の子です。

「なんかさ…… 私 あれ観たとき なんかすごいどきどきしたんだよ
もうなんか なんだろう?
なんかすごいうずうずってなってさ
もうなんかじっとしていられない感じ? すごいんだよあれ! わかる!? ブワー!って」
「わからん」
「あーなんかみよし 全然変わんないね 小学校んときと」
(1巻 p11)

小学校来の友人である美和にも自分の熱弁を「わからん」と一言で切って捨てられ、しかもそんな様子が小学校の時から変わっていない。

みよしってさ けっこう ヘンじゃん
ああ いや ヘンって言うとアレだけどさ こうすごい 突っ走るじゃん
…………小学校んときから私 ずっと一緒だけどさ けっこう みよしのこと好きじゃないっていうか そういう人もけっこういたんだよね
私はもうずっと一緒だしずっと好きだけど なんか…… 何考えてるかわかんないとか 空気読めないとか ぶってる・・・・とか
(1巻 p196)

親友曰くのこんな女の子なのです。
そんな彼女がひとたび自分の好きなもの、やりたいことに開眼すれば、脇目もふらず邁進する。「空気読めない」と思われやすい彼女ですがそれは誤解で、みよしは自分に対する悪意には無頓着でいられるというだけです。自分が他の人によく思われないことには我慢が利きますが、いざそれが自分の「仲間」に向けられた時には黙っちゃいられない。

いい? あたしの友達を悪く言う人は絶対許さないよ 
あたしのことはどう思ってもいいし今日のことも許す けど それは・・・許さない
わかったか
(4巻 p27)

長い付き合いの美和が唯一見た、中学校時代の激怒したみよしの言葉です。普段の口調がはっきりしない彼女が見せたストレートな言葉だけに、この時のみよしがいかに特別だったかがわかります。「みんなで」「楽しく」やりたい。そんな、いっそ子どもらしいとさえ言えるような純朴な性根を彼女は有しているのです。(ここらへんの話は前回の記事で詳しく書いてます)
そんなみよしがストーリーをひっぱっていくわけですが、彼女の対と言えるキャラクターが二人います。
一人は児島泰樹。同じく一年生の彼もまた新歓アニメに感動し、当初入部するつもりだった映研ではなくアニ研の門戸を叩きました。みよしと違い、彼には元々アニメ(映像関係)の知識があり、アニメ制作についても体系的に把握できています。
アニメ(制作)に対する熱情という意味ではみよしと同質の彼ですが、ではどこが対になっているかというと、性格の冷静さ/冷淡さです。
新入生歓迎会が終わった早々アニ研に行き、アニメの興奮いまだ醒めやらぬ胸中をまとまらぬまま吐露しているところへ、同じく感動したはずの児島は、みよしと実に対照的な態度をとります。

「なんかこう うわー!って ぐわー!って なんていうんですかね? こういうの」
「単純に…… すごいと思った ではダメですかね 理屈ではなく
というか僕はそうです 僕 最初映研に入ろうと思ってたんですけど それ観て考え代わりましたから
高校生でこれ作ったっていうのも驚きましたし」
おお!! おおおおお!そうですよ!」
(1巻 p34,35)

熱いみよし。冷たい児島。けれど熱情は二人とも持っている。違うのはそれをどう発露させているか。
また、別の面では児島は、みよしとはほぼ真逆の態度をとります。

「え…… ど どうしよう 私のせい……ですよね」
「えっ?」
「え だってアニメ作ろう!ってうるさくしたの私で もし 三山先輩ほんとは別のことしたかったんなら 私 先輩のことジャマしちゃった
えっ ど どうしよう 私 先輩謝り あっ でも もし 先輩私 怒ってたら あ〜〜う〜〜」
『へええ…… そういうことを気にするのか 俺なんかわりとほっとけばいいと思ったのに 今』
(3巻 p165,166)

アニ研ではないけどアニ研に入り浸り、作業を手伝ったり手伝わなかったりしていた三年生・三山が、作業に飽きたと行って部室から出て行ったシーンです。児島は、以前から三山の態度には気に食わないものを感じていたので、彼が出て行ったところでどうでもいいと思いましたが、みよしはそうではない、自分のせいで三山が気分を害してしまったのだと思ってしまったのです。
「みんなで」やりたいみよしと、目的と沿わない人とは距離をとってもいいと思っている児島。対照的です。


で、もう一人は秦野友里。みよしと同級生の彼女は、漫画やアニメに興味があるものの、それを表に出すことに抵抗を覚え、というか、表に出したときに誰かに馬鹿にされてしまうのではないかということを恐れ、悶々としています。みよしがアニ研に入ったことを聞いて、どういうことをしているのか訊いてみたくとも恥ずかしくて訊けなかったり、いかにも「オタク」的な人について友人二人が嫌悪感を示しているのを見て、居心地の悪さを感じたりと、自分の趣味、自分が楽しいと思うことについて無条件の肯定を表明できないのです。
秦野もまたアニ研に興味があるのですが、新しい環境、それも現在の男女比3:1という環境に向かって一歩を踏み出すことができず、やりたい自分とできない自分の葛藤で自己嫌悪に陥っています。

すごいな――……みよしちゃんはすごいな……
……私なんて ただ すごいなって言って見てるだけで なんにもしてなくて
みよしちゃんはきっと今ごろも楽しくアニメかいてるのに……
(2巻 p101)

その自己嫌悪がついに爆発するのがこのシーン。

あ…… そうか……そうだよね もう まいんなちゃんと部活始まってるんだよね
……
違う…… バカじゃないのか私 私
だって だって私今 ホッとした
だって アニメ部がもう すごく忙しそうで 私は三好ちゃんに声かけたいけど忙しそうだから あ じゃあ仕方ないねって それで安心して帰ろうとしてる
……そうだ 怖いんだ 自分のこと誰かに見られるのが 人に近づくのが 私 結局 怖くて
バカ バカだ 私 バカ もう ほんとイヤだ わかってるのに なんで私ずっとこうなんだ もうやだ イヤだ私
(3巻 p99〜101)

覗いてみたアニ研では皆作業をしていて、一見自分が入る余地がない。だからこそ安心してしまう・・・・・・・・・・・・。そんな自分の心に嫌気がさした秦野は、涙ぐみながら廊下を走るのです。
楽しいことを屈託なく表に出すみよしと、人に意識されるのが怖くて本心を表に出すことができない秦野。対照的です。
で、秦野はこの走った廊下の先で生徒会の面々と出会い、それが彼女の変化のきっかけとなります。
細かいところははしょりますが、一歩を踏み出した秦野はなんやかやで生徒会の活動に参加することになり、それを通じて、自分の心とどう向き合えばいいのか、ということを学びました。

「私 自分のこと考えるうちにどんどんわかんなくなって…… 自分が何をしたいのかとか
絵描くときもそうで…… 最初はなんかやってみたいこととか思ってたはずなんですけど 考えてたら……どんどんよけいなこと思っちゃって もう 気がつくと頭ぐるぐるしちゃって
(中略)
逃げてばっかりで…… 自分から体動かすのが怖くて…… でも……気がついたらまわりみんなどんどん違うとこ行っちゃってて それでますます動くのが怖くなる
(中略)もう 何が自分のやりたかったことなのかも よくわからないんです 私」
(中略)
「いい? 楽しいことだけ考えてなさい 何がしたいのかなんて簡単なんだよ 今あなたが一番下ことがあなたのしたいこと・・・・・
立派な目標も決意も矜持も最初は要りません 楽しいこと まずは自分とみんながうんと楽しいこと そういうことをしよう わかった?
(4巻 p62〜65)

この言葉と、自分を助けてくれる、自分に期待してくれているみんなのおかげで秦野は自分の仕事だった壁画の原画を完成させ、一皮剥けたのです。
アニ研を覗いて安心してしまった・・・・・・秦野と一皮剥けた秦野の違いは、この二つのコマで明瞭に意識されています。

(3巻 p99)

(4巻 p187)
前者が秦野before、後者が秦野afterで、どちらもアニ研を後にしたところですが、構図がほとんど同じで、表情もほぼ同じであることが見てとれます。この似せ方は恐らく意図的でしょう。前回の「ハックス!」についての記事でも書いたように、ほとんど同じで僅かに違う二つのものは、そこには何かメッセージが隠れていることの顕れです。前者に見られる汗の漫符が消え、後者では頬の紅潮が増えている。アニ研を後にしたという状況は同じでも、その心中はまるで違う。逆に考えれば、4巻の表情とほぼ同じものを3巻の状況でも浮かべているというのが、3巻の時点での秦野の心中の複雑さがうかがえるというものです。
タイミングと、そしてその内容も微妙に違うのですが、文化祭への活動を通じて「自分がしたいことをするにはどうすればいいのか」ということを学んだみよしと秦野。セットになってます。


このように、みよしと児島、みよしと秦野という形で、主人公を軸にして対となるキャラクターを配置することで、主人公であるみよしの行動や心理が、彼女単体を描くよりもいっそう浮き彫りになります。対照的な言動を示すことで、あるいは同質の事象を重ねて描くことで、みよしの、そして同時に児島や秦野の心理・言動を鮮明にするのです。


作中には、他にも対となっているキャラクターがいます。
例えば三年生の後藤と三山。後藤は文化祭へ向けての制作に入る前に、予備校の勉強のためにアニ研の活動から離脱しますが、しゅーらるーアニメなどの制作は彼の心に強い印象を植え付けました。

……やっぱり…… 違うんだよ 阿佐実さん見てて思ったわ
頑張らないと いつまでも面倒なこと全部先延ばしにしてちゃダメだ それじゃ本気のヤツにすぐ置いてかれる
(中略)
ま だったらできることを ね 頑張りますよ 俺なりに
いつまでも同じじゃいられんわけだし
(4巻 p108,109)

今までは三山と一緒にダラダラした高校生活を過ごしていた彼ですが、みよしたちに引っ張られてとは言え頑張って作ったアニメが10万再生を突破し、「本気」というものの大事さを実感したのです。絵を描くのが自分に向いていないとわかったけれど、それならできることを自分なりに頑張る。そう決意しました。
対する三山は、後藤がアニメ制作に打ち込んでいる傍らで、描けねーできねーつまんねーを連発して中途半端なままで作業を放り投げ、最終的にはアニ研と喧嘩別れになりました。
文化祭当日、みよしからアニメのデータを受け取った彼は、みよしの対応に強烈な劣等感を覚えます。

ンだよ それ カンペキな大人の対応かよ ふざけんなよ
そういう全部きれいごとなところが 才能もあって楽しいことばっか自分で見つけて全部自分で出来て そういうとこが見ててイライラすんのがわかんねーのかよ
ムカつくんだよなにもできない俺がまるで ただみじめなバカみてーじゃねえかよ ふざけんなよ ふざけんなよ
(4巻 p238,239)

物語最初から中途半端でフラフラしていた彼は、最後まで中途半端なままでした。「本気」に目覚めた後藤と対照的ですし、また、みよしへの憤懣の裏返し、すなわち「才能もなくて」「楽しいことも自分で見つけられず」「何か自分ですることもできない」三山という意味で、みよしとも対照的です。


みよしたちが感動した新歓アニメの(主な)作者・文野秋も、「猫のマスコット大好き」「ネコ耳つけてた」「一回動画描き出すと集中力がすごかった」など、みよしを髣髴とさせる性質の持ち主でした。セット。
勝間も、児島に「なんか……この二人似てる……」とみよしとの類似性を感じさせたりしています。




てな具合に、特にアニ研周辺の人間が対構造を持つことで、熱情に突き動かされてひた走るみよしと、その関係者たちの人間模様が際立つ、というのがこの作品の特徴として言えるのかなと思います。
個人的には、画像でも挙げた秦野の笑顔の対応関係に気づけたのは嬉しかったです。






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