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漫画の話です。

ハチワンダイバー/柴田ヨクサル/集英社

ハチワンダイバー 1 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 1 (ヤングジャンプコミックス)

奨励会三段までいくも、プロの棋士になれなかった青年、菅田。彼は素人相手に賭け将棋をやって、ダラダラ生きながらもその日のたずきとしている。だがそんな彼も、「アキバの受け師」と呼ばれる凄腕の真剣師(賭け将棋を生業としている人間)との勝負をきっかけに、真剣師の世界へと足を踏み入れていく……

ご存知、宝島社「このマンガがすごい!」2008年版オトコ編1位作品。
前々からその存在(と評価の高さ)は知っていたけれど、生来のへそ曲がりのせいか手を出すことをしてこなかった。それをたまたま新刊の6巻を立ち読みしたら、面白かったんだこれが。
6巻をいきなり呼んで引き込ませるってすごいよね。

将棋を扱っている漫画ではあるけれど、将棋を覚える等にはほとんど役には立たない作品です。基本的なルール説明はほぼ皆無だし、詳しい棋譜も描かない。投了(=ギブアップ)が宣言されても、素人目には「これでもう詰んでるの?」と思ってしまう状況も少なくない。初心者には全くやさしくありません。

それでもこの作品を楽しめるのは、この漫画が「将棋漫画」ではなく「勝負漫画」であるからでしょう。
将棋と言う世界の中で、自分と相手がぎりぎりのところで鎬を削って対峙する。賭けているのはお金ではなく、プライド。言い切ってしまえば、人生。「真剣」勝負をするというのは、ここまで己の存在を賭けるのだなと思わせる息の詰まりっぷりです。

主人公の菅田は、元々プロを目指しながらも夢破れた男。夢破れた後は定職にも付かず、夢の残滓で日々を暮らしている。しかし、今まで味わったことのなかった圧倒的強さを「アキバの受け師」に思い知らされ、再び将棋の世界に本気になっていく。今度は「プロ」の世界ではなく、「真剣師」の世界で。

菅田の、「自分には将棋以外何もない」という絶望的で絶対的な苦しみと強さ(の根っこ)が、読んでいて紙面から滲み出て来ます。
ハチワンダイバー」とは、「9×9マス(81マスの『ハチワン』)の将棋盤に潜る者」という意味の菅田の自称です。
相手と将棋を指しながら、将棋(勝負)の深みに限界まで潜り読みを働かせ、同時に自分自身の限界にも潜る。その時菅田は、実際に息を止めている。その文字通り「息詰まる」攻防に、思わず読者も同調してしまいます。
一勝負終わった後には、菅田と一緒に私たちも同時に「ぷはあ」と大きく息をつくことでしょう。

途中から菅田は、生まれて初めて恋をし、そのために弱くなります。将棋以外に喜びを知ってしまったために、自分の中の将棋の純度が悪いほうに薄まってしまったのです。
それを克服したのは24時間将棋。おきてる間は四六時中将棋のことばかり考え、そうすることで寝ている間ですら将棋の夢を見る。だから24時間将棋。
その24時間将棋で、菅田は将棋への純度を取り戻し、同時に恋の喜びを将棋(勝負)とは別の境地に置くことができるようになったのです。
恋を忘れるのではなく、恋の楽しさで将棋の純度を高める。それにより、より深く将棋の世界へ潜ることが可能となった菅田。作者の「勝負観」が色濃く現れている展開だと言えるでしょう。


他にこの漫画(あるいは作者なのか)に特徴的なのは、非常に大きいフキダシです。ものによっては、フキダシが一ページの3/5を占めるたりすらします。そうなると当然、絵が存在するスペースが割を食っている形になるので、人物(特に顔)のアップが増えてきます(フキダシという形でいくらか不自然にコマが切り取られてしまう以上、人間の並びや全体像を描くよりは、アップを描いたほうが収まりがよくなります)。
フキダシの大きさとそのシーンの重要度はほぼリンクしているので、大見得を切ったりする場面では、必然顔のアップが増えます。そして、それがかなりの大ゴマ(ページ丸々一枚だったり、見開きの上半分だったり、あるいはもうちょっと小さかったり)で描かれます。
他人に顔を極端に近づけられて圧迫感を感じない人間はめったにいないでしょうから、このようなコマ構成も緊迫感の醸成に一役以上に大きく買っていると思います。

あと特筆すべきは、ストーリーの突っ走り具合。
現在6巻まで刊行されていますが、ストーリー展開がほとんど脇目を振らずに進められています。キャラの過去やサイドストーリーなど、色々掘り下げられるところはあるのですが(なぜ菅田はプロを完全に諦めてしまったのか、「アキバの受け師」はなぜあんなバイト?をしているのか、「アキバの受け師」と二人目の刺客の関係は、など)、特に説明する気がなさそうです。6巻の終わりの方の展開を見るに、そろそろ「アキバの受け師」の過去に触れだすのかなとも思われますが、それもどうなるやら……。
過去の話やサイドストーリーもなくはないですが、それは今現在のストーリーに直結されていて、伏線とかその類のものになる感じは今のところしません。今後なっても全然おかしくはないですけどね。
そんなある種向こう見ずというか、余計な要素で人気を稼ぐ気まるでなしといったスタイルに痺れんばかりです。

最後に蛇足ですけど絵柄の話ですが、女の子のかわいくなさはもう本人ネタにしてるんじゃなかろうかという感じです。
こんなかわいくないメイドは初めて。この太ましい造型で大食いキャラは、もうわかってやってるでしょう。
一巻の表紙がこんなですけど、その方面で期待は皆無です。でも、この絵柄はむしろ「勝負漫画」としてのテイストを存分に引き出しているので、完全にありです。


このマンガがすごい!」一位は伊達じゃないですよ。
将棋に興味がなくとも、熱い勝負が好きなら一読の価値ありです。








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