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科学者は気になるあの子の夢を見るか?『決してマネしないでください。』の話

某工科医大に在籍する掛田君は、中高と男子校に通い、ようやく入った大学は、一学年60人のうち女性がたった二人の物理学科。女性に免疫のないそんな彼が食堂のおねえさんに恋をして、一世一代の告白をしました。
「僕と貴方の収束性と総和可能性をiで解析しませんか?」
無論、撃沈。
でも、それでへこたれてはいけない。夢を見るのが科学者の仕事。諦めるのは何度も実験をしてから。大体のことは一度や二度や三度や四度、失敗する。勝負はそれからなのだ!
理系魂に燃える不器用な掛田君の明日はどっちだ……

決してマネしないでください。(1) (モーニング KC)

決してマネしないでください。(1) (モーニング KC)

ということで、蛇蔵先生『決してマネしないでください』のレビューです。
某工科医大の学生や教授や食堂のおねえさんらが、日常に転がるちょっとした科学の疑問を実験で説明したり、科学の歴史を語ったり。食堂のおねえさんこと飯島さんのハートをつかもうと掛田君が奮闘する中で、科学のあれやこれやを学べます。
ナチュラルボーン不器用こと大学生の掛田君が、飯島さんの前で空回りすること風の如し。冒頭の告白と思ってすらもらえなかった告白を筆頭に、それを踏まえた上でわかりやすさを念頭に置いた殺し文句が「先に示された意思疎通の可能性を追求するために、共同研究という体験の共有を提案します。この実験により期待されるものは、警戒心の低下と高感度の上昇です」。さすが、好きなものが物理と関数電卓素数の17で、幼少のみぎりには積み木で因数分解をしていた男は違う。
けれど、学友の有栖君や留学生のテレス君、ゼミの高科教授らの助力を得ながら、なんとか飯島さんの興味を惹こうとします。
飯島さんは、工科医大で働いているけれどあくまで食堂のおねえさん。科学についてずぶの素人です。でも、「専門的なことをウェイトレスにもわかるように説明できない時は、原理のほうに問題があるのだ」という、原子核の発見者ラザフォードの言葉を実践するかのように、彼らは飯島さんを誘い、数々の実験を行います。
映画で火だるまになるスタントマンはなぜ火傷をしないのか?
どうして飛行機は飛べるのか?
ハードディスクを復旧できるダメージの限界は?
古来より科学の力は、不可能だと思われてきたことを少しずつ現実のものとしてきました。
火だるまになってもぴんぴんしているスタントマン。
大空を翔る鉄の塊。
膨大な量の情報を記憶し、計算を行う箱。
人間が一歩ずつ拡大してきた領域のその最先端だけを見せられると、知識のない人はまるで魔法のように驚きますが、研究者たちにとってそれは、先人たちの成果という大地の上に立てられた確固とした存在。保水性の高いポリアクリル酸ナトリウム(おむつに入ってるアレ)が主成分のジェルを服にべったり塗り込めば、炎に包まれても短時間なら問題ないし、ベルヌーイ効果という流体力学の原理を発見したから、ただ速いだけの車は飛べなくても翼を持った飛行機は飛ぶことができるし、またその効率を追求することができます。精密機器だしこれをされたら駄目だろうと思うようなダメージを与えても、その機器のどこが大事でどうならなければ平気なのかわかっていれば、復旧できるのです。
嗚呼、知識って素晴らしい。その素晴らしさを、少しでも多くの人と分かち合う。これこそ科学の啓蒙です。食べ終わった後の骨で骨格標本をつくろうとケン〇ッキーのパーティーバレルを買ってきたり、授業できのこの山たけのこの里にする機械を発明したり、個人でスパコンを作ってCIAに呼び出されたりする人たちでも、やればすごいんです。
さて、やってることは面白実験でも、その実験を危険性なく成功させるためには、先に書いたとおり、幾多の失敗を乗り越えてきた先人たちの成果がなくてはなりません。この事実は何度かいても書き足りないくらい大事な事実だと思うし、それについては折に触れ作中で描かれています。
たとえば第一話では、酸素はなぜそう名づけられたのかの説明をするために、名づけ親である18世紀の科学者ラボアジエに至るまでの2000年近くにわたる「空気」の捉え方の変遷を描いています。また、細菌がまだ人間の目には見えていなかった19世紀、病院での産褥熱の発症を抑えるために様々な要因を比較研究し、手を洗うという、現在では常識以前のものですらある行為を医療関係者の間に広めようとして、認められないままこの世を去った医師ゼンメルヴァイスの話もあります。
それらエピソードの中で私が出色だと思うのは、第七話での、コンピュータが発明されるまでの話です。コンピュータを発明した人ととしてしばしば名前を挙げられるのが、20世紀最大の頭脳と謳われる物理学者(であり数学者であり経済学者)のジョン・フォン・ノイマンですが、実際のところ、「彼がコンピュータを発明した」と言い切るのは少々憚られるのです(そもそも、そのノイマン型コンピュータにしても、彼一人で作ったわけではなく、彼を含むチームによる製作です)。なぜというに、彼の前に機械式計算機 が考案され、パンチカードコンピュータが考案され、「命令を読んで自己改変する万能機械」というコンピュータのアイデアを生み出したものがいて、プログラム式コンピュータが考案され、電子式コンピュータが考案され、それらの積み重ねの上に、現在のコンピュータの原型となるノイマン型コンピュータがあるからです。
このような「発明」のイメージを作中では「水を入れたコップに石をだんだん加えていき こぼれた所が「発明」」というように表現しています。一人の天才が大きく歩みを進めることはあり得ますが、その天才が生まれおちた世界には既に、その天才が活躍できるだけの土壌が、彼の与り知らぬところで形作られているのです。
「大学の研究ってなんの役に立つのかと思ってたんですけど すぐに成果は見えなくても こうやって何かの礎になるものを作ってたんですね……」
科学の素人たる飯島さんのセリフです。すげえいいセリフ。日常のあらゆるところに、私たちの生活を便利なものにすべく学問の成果が潜んでいるのです。決して科学は日常と無縁のものではないのです。メートル法暦法など、形のない概念も同様のことが言えますね。
身近な科学知識と、その知識が生み出されるまでの壮大な人の営みを学べる、「楽しく知的な、大人の学習マンガ!!」という2巻帯の惹句は伊達じゃありません。おすすめ。
一話と七話がこちらで読めます。
決してマネしないでください。 第一話/蛇蔵-モアイ
決してマネしないでください。 第七話/蛇蔵-モアイ


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