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人を斬るだけでなぜかっこいい 「斬り介とジョニー四百九十九人斬り」の話

斬り介とジョニー四百九十九人斬り (KCデラックス アフタヌーン)

斬り介とジョニー四百九十九人斬り (KCデラックス アフタヌーン)

村娘が盗賊に攫われたところへたまたま通りがかった斬り介とジョニー。盗賊団の暴虐に悩まされ続けていた村人は、二人に討伐を頼んだ……


『斬り介とジョニー四百九十九人斬り』のレビューです。あらすじが本当にこの二文で済み、物語的な内容なんてびっくりするほどありません。どれくらい中身がないかというと、盗賊退治を頼まれる髭面の男と束髪の少年、この二人のどっちが斬り介でどっちがジョニーなのか、最後までわからないくらい。というか「斬り介」も「ジョニー」も、作中で一度も呼ばれてないのです。
主人公二人の名前がわからなくても問題ないほどに中身はなく、ただひたすらに二人が人を斬る。斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る。で〆て四百九十九人。作中で本当に四百九十九人斬ったのかは私は確かめていませんが、タイトルを信じるならこういう事です。
とにかくその斬り方が従来の殺陣、たとえば『バガボンド』の武蔵が為した、一乗寺下り松での七十人斬りなどとはまるで違います。
バガボンド(27)(モーニングKC)

バガボンド(27)(モーニングKC)

武蔵は一人、こちらは二人の違いがあるとは言え、武蔵が血反吐を吐くようにして、それこそ生死の淵に立ってまで七十人を切り殺したのに対し、斬り介とジョニーは疲れることなく倦むことなく飽くことなく、作業のように、あるいは芸術のように、淡々と斬り続けるのです。
人を斬るのですから、血は噴水のように飛散し、四肢や頭は宙を舞い、糞尿は垂れ流され、屍は累々と重なるのですが、そこには不思議と陰惨さはなく、こう言ってよければ、いっそ清々しくさえある凄惨さが感じられるのです。
常識ではありえない斬り方を、常識ではありえない速度で、常識ではありえない膂力で、常識ではありえない体力で。とにかくひたすら斬る、斬る、斬る。体操やフィギュアスケートが、常人では生み出しえない動作を見せることで芸術性を評価されるように、人斬りもここまで常識の埒外に到れば、一つの芸術性を獲得するのでしょうか。
ここで展開される剣術は、武道のそれとは全く違います。お話だからこそあり得る、否、お話でなければあり得ない非常識な動作であり、異常と異形の人殺行為がスピード感溢れるダイナミックな構図で描かれているのです。見開きの使い方がまたかっこいいんだ。


人を斬り続けることで生まれる奇妙な爽快感こそこの作品の肝であり、主人公二人の名前さえ判然としないのは、作り手がそれを自覚的に描いているからでしょう。名前は、いわばそれ自体が物語です。呼びかけられる名前があるからこそ、そには相手への認識が生まれ、コミュニケーションが発生します。おそらくは意図的に排除された名前は、二人の間、あるいは二人と村人との間に必要以上のコミュニケーションをもたらすことなく、作中で唯一と言っていい形で見出せる具体的な物語(ドラマ)は、さらわれた娘のおなめとその婚約者である桑衛門くらい。そして、作中で登場する固有名はこの二人と、あとは一番初めの死人、おなめの兄であるため吉だけなのです。それだけ、物語を排除している。
斬り介とジョニーが村人の頼みを聞くときにも、興奮も逡巡も功名心も利己心もない。ただ、頼まれて、断る理由もないから。盗賊を成敗する見返りに要求したものも、たっぷりのくいものとたっぷりの飲み物。用意する手間もたかが知れるその要求は、頼んだ側の村人にとっても肩透かしを食うものでした。
二人はたまたま通りかかり、断る理由もないから頼みを引き受け、斬るだけ斬って、それで終わり。だが、それがいい
意味を徹底的にそぎ落とし、ただひたすら人を斬るだけのお話に仕上がっている『斬り介とジョニー四百九十九人斬り』。面白いというより、カッコイイ。なにはともあれ、まずはとにかく読んでもらいたい作品です。


しかし、榎本先生の描く女の子はかわいいよね。画太郎先生に優るとも劣らないものだと思ってまつ。




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