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漫画の話です。

『よつばと!』「第四の壁」を越え読み手を見つめる(気がする)よつばの話

 実に16か月ぶりの新刊で、月刊と週刊を比べるのはナンセンスだけどそれって下手すりゃ『HUNTER×HUNTER』より待たされたんじゃ、などとかすかに思いつつも、いざ読めば面白くてしょうがないわけで、もう好きになったもん負けですよね。そんな『よつばと!』。

よつばと! 12 (電撃コミックス)

よつばと! 12 (電撃コミックス)

 11巻で前フリのあったキャンプ話が、12巻の最後2話、前後編で描かれました。はしゃぐよつばたちと同じかそれ以上に、彼女らが寝た後にビール(とネクター)で乾杯する大人チームにぐっとくるあたりになにかの訪れをひしひしと感じたのですがそれはともかく、キャンプ話の最終コマにして、12巻の最終コマであるこれに、すっかりやられてしまいました。

(12巻 p222)
 まるで「第四の壁」を乗り越えてこちらを見つめてくるかのようなよつばの笑顔とセリフに、あれひょっとして最終回じゃないよなと疑うくらいの清々しさを覚えました。すげえや。
で、ふと思ったのは、なんでこのコマからはこんなにもこちら、すなわち「第四の壁」の向こう側にいる読み手をよつばが見ているような印象を持ったのか、ということです。今までも、決して多くはないながら、よつばが正面を向いている(読み手に向かっている)コマはありました。けれど、それらではそのような印象はもつことなく、このコマで初めてドキっとした。なぜか。
 重要な点は、このシーンでのよつばは、直前の二コマで他のキャラクターの誰ともコミュニケーションをとっていないということです。

(12巻 p222)
 これは最終話の最終ページですが、見てのとおりそこにいるキャラクターはよつば一人であり、前ページの最終コマでも、よつばは一人で描かれています。この、一人のよつば=他のキャラクターとコミュニケーションをとっていないよつばという関係性が、作品内の事物にしか向けられないはずのよつばの視線が「第四の壁」を越えてこちらを見てくるように錯覚させる、ということなのだと思うのです。
 たとえば同じ12巻の中で、よつばが正面を向いているシーンがあります。

(12巻 p27)
 このコマのよつばは正面を向いていますが(水平方向にわずかに角度がついているため真正面とは言えませんが、それは12巻最終コマのよつばも同様です)、このシーンからは、こちらを見られている、という印象はもちません。それは、この前後のコマでよつばが虎子とコミュニケーションをとっているからです。よつばは作中のキャラクターとコミュニケーションをとっている最中であるため、当然視点はそちらに向いている、と読み手は無意識のうちに理解しています。ですから、よつばの視点が正面を向いていても、それはコミュニケーション相手のいる方向と読み手のいる方向がたまたま同じであるに過ぎないのだ、とわかっているのです。
ですが12巻最終コマのよつばは、それまでの数コマ、誰とも接していない。だから、最後のコマで向けられた視線が誰に対するものなのか、はっきりしない。そのはっきりしなさを持ったまま視点が読み手の方へ向くために、「ひょっとしてこっち見てる?」と読み手は虚を突かれてしまう。そういうことなんじゃないかなと思います。
 さらに付け加えれば、このコマのよつばは笑顔で目を細めており、瞳が描かれていません。だから、何を見ているのかが正確にはわからない。水平方向にわずかに角度がついているのは上の画像と同じなのですが、何を見ているのか正確にわからないために、ひょっとしたら読み手を見ているのではないかという誤解を起こす余地がある。よつばが読み手を見ているなんて誤解だし錯覚なのですが、それをできる余地があるから、どきっとするのです。
 この感覚は、それまで誰ともコミュニケーションをとっていなかったよつばがこちらに笑いかけることで、読み手である自分が突然作中に引きずり込まれたように錯覚する、と言ってもいいのかもしれません。三人称の立場から二人称の立場に変わった、とも言えますかね。
よつばと!』では非常に多様な構図が使われていますが、それは低いところから何かを見上げるよつばの視点をなぞるものだったり、あるいは何かをしているよつばを見下ろす大人の視点と重なるものだったりするのですが、ほとんどの場合それらは、よつば自身や大人自身がそのコマに描かれています。つまり、読み手はよつばや大人の視点に同一化するのではなく、あくまで彼/彼女と似た視点で世界を見ることを迫られるているのであって、その意味で読み手の視点は、どこまでいっても第三者、三人称のそれです。作中のキャラクターの視点ではなく、作中のキャラクターとよく似た、そして似ているがゆえに別の視点なのです。 
 また、ごくごく少ないながら、読み手の視点が一人称、すなわちよつばに重なることもありました。

(9巻 p53)
 これなんかは、まさによつばが見ているままのテディベアという、珍しいコマです。珍しいですが、ないわけじゃなかったんですよ。11巻の第74話「よつばとカメラ」では、よつばがカメラを構えて写真を撮るというテーマの性質上頻出しますし、12巻でテントの天井を見上げるシーンもそうです。
 ですが、12巻最終話でよつばは、まるで読み手に笑いかけたているかのような描かれ方をされた。そのとき読み手の視点は、第三者のものではなく、よつばと向かい合った二人称のものとなったのです。たぶんこれは、初めて。初めてで、すごくぐっときた。
多幸感あふれる『よつばと!』の世界を外から眺めるだけだった読み手が、不意に世界がすり替わってよつばの目の前にいる。そんな驚きと嬉しさが、この最後のコマにはあったのです。
 やっぱりいいなあ『よつばと!』。さて、次の新刊はいつになるんだろうなあ……。
試みに英訳したものがこちら "YOTSUBATO !" Yotsuba smiling at readers as if she looked at through "fourth wall"


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