『甘々と稲妻』微かに現れた現実と遡及する実在感の話

10巻の大台に乗り、小鳥の受験も佳境を迎えた『甘々と稲妻』の最新刊。
甘々と稲妻(10) (アフタヌーンコミックス)
その47では、ついに小鳥が専門学校の受験へと向かうのですが、「普通にやれば受かるから」「もっと普通にやればいいよ」と、普通が連呼されるアドバイスと応援に、むしろ大きなプレッシャーを感じてしまいます。
「普通」ができない自分はおかしいんじゃないか。「普通」にやればできることを失敗してしまったら、あとでどんな目で見られるのか。
練習を重ねてもプレッシャーは晴れず、本番当日の朝になっても彼女の顔は暗いままでした。俯いたまま最寄り駅の改札を通ろうとしていた彼女を呼び止めたのは、自転車に乗っているつむぎ。何度転んでも立ち上がって、ついに自転車に乗れるようになったつむぎの声援に、小鳥も自らを奮い立たせ、見事合格を勝ち取ったのでした。
さて本題は、つむぎが小鳥の応援に駆け付けてきたシーン。微妙に見切れていますが、小鳥が入ろうとした駅が、武蔵境駅であることがわかります。
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10巻 p92
ほんのちょっとした情報ではあるのですが、物語の地元に関する情報って、多分これが初出だと思うんです。
で、このたった一コマで、いや、たったひとこまだからこそ、私にとってこの作品の実在感が跳ね上がりました。
もしかしたら、作中の街の風景や高校などにもモデルがあり、現地在住の読者にとっては、ここが何処の街かなんてとっくの昔にお見通しのことだったのかもしれませんが、学生時代の受験やイベントやで、ほんっっっの少しだけこの周辺に縁があった私にとっては、そのわずかな縁が10巻になってちょこっとだけ顔を出すことで、じわっと現実の色がついたのです。
この微妙な匙加減と登場のタイミングは、今まで味わったことのないものだったので、やたらと新鮮でした。これがもしまるっきり縁のない街だったら、実在の地名が登場してもふーんそうなんだくらいなもんだし、逆に完全に地元だったりしたら、もっと早くからわかって変な優越感じみたものを抱いていたでしょうが、この微妙さ。駅に降りたことなんて二、三度くらいっていう微妙さ。それゆえに「ああ、あそこかぁ」ってなる微妙さ。
ぼんやりした「日本のどこか」くらいのイメージに、「武蔵境周辺」という色が、物語もかなり進んでからつくことで、後付けで最初に遡って物語の実在感が増す。そんなちょっと不思議な体験を、この見切れた一コマでしました。