現在「となりのヤングジャンプ」で連載中の『ヤンキー君と科学ごはん』。今まで特に触れてきてませんが、現在連載中で既刊5巻以内のおすすめ作品を問われたら、五指に入るくらいには好きなんですよね。
双子の弟妹と暮らすヤンキー高校生が、単位のために、そしてなにより弟妹においしいご飯を食べさせてあげるために、化学の補習の一環として、ダウナー系化学教師とともに科学的知見に基づいた料理を作ろう、という作品。一昔前だったらなあなあにされていたであろう「双子の弟妹と暮らす」の部分を、きちんと「ヤングケアラー」として前景化したり、教える化学教師にもそのどこか捨て鉢なダウナーさに背景を与えていたりと、物語部分でも面白いところがあるのですが、私がこの作品で好きなのは、「科学的知見に基づいた料理」の部分なんです。たいていの料理漫画の調理パートは、料理のレシピと、作り方を実際に絵で描くことでわかりやすくするというのがせいぜいで、「なぜこの順番で調味料を入れるのか」、「なぜ沸騰させてはいけないのか」、「なぜこの時間加熱しなければいけないのか」というwhyの部分に焦点を与えることはまずありません。普通に考えれば作中にそんな話を挿入すれば冗長ですし、そんなこと知らなくてもレシピ通りにすれば作れますし、なによりwhyを解明するのはすこぶる面倒臭い。
でも、この作品はあえてそこをメインに据えます。
そして、その科学的知見に基づくと、今まで自分でなんとなくやっていた調理法がよろしくなかったことを知れ、それがたいそう面白い。
たとえばお肉の炒め方。
肉野菜炒めくらい誰しも作ったことはあると思いますが、あれ、まず肉を炒めるときに、パンを熱して油を敷いて、肉を投入したら鍋肌にくっつかないようすぐに菜箸等でかきまわしちゃってません? 実はそれ、科学的には間違いなんです。
いわく、フライパンの表面には吸着水と呼ばれる水があり、それが食材のタンパク質と80度ほどで結合してしまう、すなわち鍋肌と食材がくっついてしまうのだとか。だから、食材を入れても鍋肌が80度以下にならぬよう、重ならないように肉を入れたら動かさず、鍋肌に接している面に火が通るまで待つべきなのです。むやみに動かすと肉表面の水分が蒸発して、気化熱で温度が下がるし、表面が80度以下で十分に油が付着していない部分が鍋に触れてくっついてしまいます。
最近はテフロン加工のフライパンが一般的ですからそうそう焦げ付きませんが、10年以上鉄鍋を使ってる私はこれを読んで実践したところ、本当に肉が鍋肌にへばりつかなくてびっくり。
また、特にニンジンなどをゆでる際、柔らかくするためじっくり火が通るよう弱火で水からゆでたらかえって硬くなってしまった、という経験を持つ人もいるでしょうが、これも科学的に説明ができます。
多くの野菜に含まれるペクチンという成分は、50~80度、特に60~70度の温度帯で、酵素などの働きにより変性し、硬くなってしまうのです。ですから、ニンジンを弱火でゆでることでこの温度帯に長時間とどまると、硬化したペクチンのせいでカッチカチになってしまいます。逆に、もともとあまり硬くないもやしなどは、この温度帯である程度熱を通すことで、炒めた時にシャキシャキにすることができます(実際、野菜を下茹でして作る野菜炒めが作中に登場します)。
このような、なんとなくやってきたことの中にある理屈を知ることが好きな人って、一定数いると思うんですよ。科学的な理屈だけでなく、たとえばピカソのキュビズムや現代美術がどういう文脈で評価されるのかといった、文化史的な理屈もそうですけど、それが料理のような身近なものだと、その楽しさはひとしおなんですよね。世界の表面から「当たり前」や「常識」の皮を一枚むけば、こんなにも緻密に不思議で織りなされているのかと気づかされるのです。
ということで、ただの料理好きでなく、「なぜ調理でこの過程を踏むのか」ということについ疑問を持ってしまうようなタイプによりお勧めな漫画です。
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