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漫画の話です。

アニメ『ワンダンス』に期待する「見てて気持ちのいい」ダンスの話

 アフタヌーンで連載中の『ワンダンス』がアニメ化という報が飛び込んできた今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
wandance.asmik-ace.co.jp
 本作は、自身の吃音もあってコミュニケーションに自信のなかったカボこと小谷花木が、高校に入学し、ストリートダンスを踊る同級生のワンダこと湾田光莉に惹かれてダンス部に入る、というところから始まる物語。生来の悩みを抱えるカボが何度もクローズアップされるように、青春を生きる高校生の心のモヤモヤや葛藤を描く漫画でもありますが、なによりかによりダンスの物語です。カボやワンダが躍るダンスがいかに人の心を惹きつけるのか。音のない漫画というメディアでそれをどう描くかという点は、作中でも色々と試行錯誤が見て取れます。
 というところで、私が本作のアニメ化で最も気になる点は、人を惹きつけるダンスシーンをどのように描くか、です。
 もっと言えば、見てて気持ちのいいダンスをどう描くのか。
 『ワンダンス』は、カボやワンダがハマった時にくりだすダンスが、読んでいるこちらがシンクロして感じられるように描写されるので、読んでて快感、気持ちいいのです。
 不思議ですよね。漫画から音は聞こえないのに、彼や彼女が狙ったリズムのアクセントは確かに伝わってくるんですから。読みながら自分もそのリズムにのっていて、同じように身体が跳ねる。
 私の好きなジャズでも、ライブでアドリブをしているプレイヤーのキメが他のリズムセクションとぴたりとハマると、身震いするほどの快感があります。演奏にのめりこみ、あたかも私も一緒にキメをしたかのように身体がびくりと動く。その痙攣的な動きがなんとも気持ちがいい。演奏を聴いてシンクロする気持ちよさは非常に身体的なものですが、『ワンダンス』には同様のものがあります。

 作者の珈琲先生は、アニメ化を受けて出したコメントの中で、こんなことを言っています。

漫画は音が出ないし動きもしない。
その代わり、実際のダンスや音楽には無い別の長所がある。
それは「読者の想像力の中で動きや音を補完してもらえる」という点。
場合によってはそれは実際に観たり聴いたりするよりも感動を覚えるかもしれない。
(後略)
『ワンダンス』アニメ化決定。フリースタイルなダンス表現挑む少年少女の青春漫画。制作はマッドハウスとサイクロングラフィックスで2025年放送 | ゲーム・エンタメ最新情報のファミ通.com

 漫画は音が出ない。動きもしない。つまり、時間がありません。逆に言えば、音も動きもあるアニメには、時間がある。
 時間については先日書いた『THE FIRST SLAM DUNK』の話でも触れましたが
時間軸とシームレス 時間を操られた私たちが呑み込まれる『THE FIRST SLAM DUNK』の世界の話 - ポンコツ山田.com
漫画のコマとアニメのカット 時間のブランクとそれを削ぎ落した『THE FIRST SLAM DUNK』の話 - ポンコツ山田.com
漫画は読み手が好きなタイミングでページをめくれるため、紙の上で動いている動作や鳴っている音は読み手の好きなように、読み手が気持ちいと思えるように動かしたり鳴らすことができます(そして作り手は、読み手が素直にそう思えるように、すなわち「読者の想像力の中で動きや音を補完してもらえる」ように描写を工夫します)。
 翻って映像作品であるアニメは、時間感覚の主導権を作品側が強く握っているため、それを見ている視聴者は気持ちよくなるために「動きや音を補完」することはできません。気持ちよくなる部分は現に描かれなくてはいけないからです。


 では、それはなぜか。なぜそういう部分がちゃんと描かれなくてはいけないのか。
 そこで、見てて気持ちのいいダンスとは何かを考えてみましょう。
 逆の話で、見てて気持ちのよくないダンスのことを、作中では「見てるとムズムズする」と表現しています(1巻 155p)。そのムズムズの正体は「早取り」。すなわち、「リズムに対して先走る」ということ。
 音楽にのって踊るダンスにおいて、キメになるような音(リズム)が鳴るよりも先にそれに合わせようとした動きをすると、違和感を覚えてしまうというのです。作中で上手いとされるワンダと部長のオンちゃんは、他の部員と違い「ほんのわずかに音が「鳴ってから」動いている」くらいなのですね。
 つまり、見てて気持ちのいい動きとは、動きと音(リズム)が一致していること(なんならほんのわずかに動きの方が遅いこと)。せっかくアニメという動きも音もあるメディアなのに、動きと音が一致しているシーンを描かないでそこを視聴者の想像での補完に任せようとしたら、ただの手抜きにしか見えないでしょう。動きと音の一致を描かずして、見てて気持ちいいダンスは描けますまい。

 ただ、現実のダンスとは違って、ある程度デジタルに調整の利くアニメですから、単に動きと音を一致させるだけならさほど難しいものでもないでしょう。大事なのは、それらを一致させたうえで、どんな気持ちよさを生み出せるのか。
 たとえば漫画では、空間で何かが破裂したような効果線(漫符)や、楽器が鳴っている絵を描くことで音のアクセントを表現したりしていますが、『THE FIRST~』でスローと加速をシームレスにつないだプレイで視聴者の心を惹きつけたように、時間の緩急で緊張と解放、すなわち気持ちよさを生み出すこともできるでしょう。無音・微音をしばらく維持してからのビートの利いたダンスミュージックといった、音声面でのカタルシスもあるでしょう。
 珈琲先生が上のコメントの引用元で言った「実験性、即興性をもってケレン味たっぷりに遊んでいただき、想像してなかったような映像」を、まさに期待するものです。
 
 ダンスを見てての気持ちよさ。この作品にはなによりそれがほしいなと思います。

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