その5です。今日は一風変わったと言いますか、一言で言い表すのが難しい面白さのファンタジーコメディ。
ダンジョンに消えた父を追って、深層へと一人挑み続けるシーフの少女・クレイ。公式には7階が最高到達階であるダンジョンを、ソロで9階まで辿りつくほどに、父に鍛えられた彼女は凄腕だった。しかし、そんな彼女が地下9階でのモンスターとの戦闘中、予期せぬハプニングが。なんとダンジョンの壁が壊れ、モンスターがしゃべりだし、壁の向こうにあった部屋からは、ダンジョンマスターを名乗る少女がやってきたのだ。状況を飲み込めないでいるクレイに、ダンジョンマスターの少女・ベルは言う。「ここでわたしと働きませんか?」
こうしてクレイはダンジョンの運営側、すなわちダンジョンの中のひとになったのだ……
ということで、双見酔先生の『ダンジョンの中のひと』です。
ダンジョンに挑む冒険者たちと、それを待ち受けるモンスターと宝物。物語なら当たり前にあるような設定ですが、じゃあそのモンスターはどこから来るの? 宝物は誰が用意しているの? そんな至極まっとうな疑問に、この作品は答えを用意してあります。ダンジョンの中のひとが、いろいろと準備してるんです。
これは、凄腕の冒険者で、ダンジョンに消えた父を見つけるつもりだった少女が、なぜか当のダンジョンの運営側に回ることになってしまった、コメディであり、冒険ものであり、そして孤独な生活から少しずつ誰かと関係を築いていく出会いの物語でもあります。
主人公のクレイは、子供の頃から父親に冒険者(シーフ)として修業をつけられていました。
ダガーでブロードソードを叩き折れ。
一足で木の上まで飛び上がれ。
最低10時間、理想は20時間続けて戦えるようになれ。
etc…
波紋の修行だって子供にやらせるならもうちょっと手心加えるぞ。
ともあれ、そんな地獄みたいなことをやらされていたクレイは、他の冒険者が足元にも及ばぬほどの腕前になり、パーティで探検するのが前提のダンジョンを一人で攻略し、しかも公式到達記録から2フロアも先に行っています。
その9階でミノタウロスと戦っていると、あろうことかモンスターの一撃でダンジョンの壁が崩壊。ミノタウロスがしゃべりだす。壁の奥には普通の部屋が見える。
ダンジョンの壁って壊れるのか? モンスターってしゃべれたのか? 壁の向こうになんで普通の部屋っぽいのがあるのか?
矢継ぎ早に湧き上がってくる疑問を止めたのは、現れた部屋のドアの向こうからやってきた、尋常じゃない強者の気配。目の前のミノタウロスなど足元に及ばないであろうその気配が、ドアを開けて姿を見せる。そこにいたのは――一人の少女でした。
自分と同じくらいの年であろう、ローブをまとった少女。ダンジョン深層にはまったく似つかわしくないのに、その強者の気配だけはゆるぎない。ダンジョンの管理人を名乗った少女・ベルが何を言い出すのか、クレイが身構えていると、言われたのはなんと仕事の勧誘。「ここでわたしと働きませんか?」
父を探すという目的があるのですから、クレイも簡単にうなずけません。そこでしたのが、自分と立ち会って、ベルが勝てば従おうという提案。困ったときは暴力で解決。さすがあんな教え方をした男の娘ですね。
当然というかなんというか、こてんぱんにされたクレイ。いまだ最深部にまで到達できていなダンジョンの管理人ですからね。まだ9階の彼女には、早すぎる対戦でした。
結果、ベルの言葉に従い、ダンジョンの運営に回ることに。ダンジョンの中のひとになったのです。
そこで知ったダンジョンの秘密。
曰く、モンスターは面接などをして魔界から雇用している。
曰く、宝箱の中身はつどつど裏方が補充している。
曰く、宝の大体は適当に作られた半端もの。
曰く、シーフギルドとは裏でつながっている。
明かされるダンジョンの秘密にクレイはいちいちびっくりするのですが、運営側のベルたちにしてみれば、普段からやっている「業務」にすぎないため、淡々と説明するだけです。この平坦なテンションが、この作品のコメディの肝だと言えるでしょう。滅茶苦茶意外なことを、さも当たり前のものとして扱われるため、無理やり納得するしかない諦め。これがのほほんとした空気で描かれるので、なんともいえないおかしみがあるのです。
アクション面では、クレイは運営側として、正体を隠して他の冒険者の相手をしたりします。戦闘能力にしろ分析能力にしろ、さすが公式記録を非公式に破っている女、公式記録保持パーティーをけちょんけちょんに蹴散らします。そこでの冷静な戦闘分析に「中のひと」感があってよござんすね。
またクレイ自身、ベルの許可を得て、父の後を追うため9階から探索を続けますが、その探検シーンはまっとうに冒険。モンスターをどう倒すか、罠をどう解錠するかなど、今後も探索を続けられるかどうかを賭けて本気でやっています。冷静に彼我の状況を分析しながら最善手を打とうとしている姿は、アクションでありながら熱が低く、独特の雰囲気があります。
そして、ダンジョンの管理人にして現在作中最強の少女・ベルも、圧倒的な戦闘力を持ちながら、生活に関しては圧倒的なポンコツ。料理はできない。片付けはできない。作った宝はおもちゃと見まごうばかり。足の踏み場もないくらいに散らかった荷物を塔のごとく高く積み上げて、片づけたと言い張る女。それがベル。
ダンジョンの運営自体は有能なんですが。
で、そんなベルは、先代から受け継いだダンジョンの管理人という役割を一人でこなしています。ゴーレムを使役して浅い階層を管理しているドワーフのランガドがいるし、モンスターの雇用で誰かと会ったり話したりはするのですが、同年代のお友達というものがいません。そしてそれは、子供の頃から父親に鍛えられていたクレイも一緒。
かたやソロの冒険者。
かたやダンジョンの管理人。
立場は真逆の二人でしたが、今は同じ職場で働くもの同士。お互いに同年代の人間との付き合い方がよくわからず、距離の詰め方にもだもだしていますが、少しずつ親しくなっていく姿には、ほほえましいものがあります。
こんな、かわいい絵柄と淡々とした空気の中で描かれる、コメディとアクションと少女の交流。他ではなかなか味わえない作品だと言えるでしょう。
現在2巻まで発売中。
comic-action.com
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