軽食屋で働くすーちゃんはバイクを買ったばかり。中古屋で見つけた、形の気に入った古いバイク。それに乗って彼女はどこへでも行く。足の向くまま気の向くまま、排気音を軽快に鳴らしながら。海辺に山中、街中に廃道、彼女が行くそこには、なにか不思議なことがある。それは、時には怖いけど、でも心揺さぶるものだ。彼女は今日も行く。バイクに乗って。
- 作者: 芦奈野ひとし
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2015/01/23
- メディア: コミック
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本作の舞台は、明言されないもののおそらく現代日本の、鄙びた片田舎の町。海も山も近く、人の動きはあまり多くない。そこにある、ミートソースとナポリタンしか作らない軽食屋・ランプで働いているのが、主人公のすーちゃんです。写真が趣味の彼女は、買ったばかりの中古バイクに乗って、昼に夜に、海に山に、どこへでも行きます。
そして、行く先々で出会う、ちょっと不思議な体験。あるはずのないものを見たり、いるはずのないものに出くわしたり。たとえば、道なき荒れ野で皓々と光る自販機。たとえば、豪雨の中を行く花神輿の車列。たとえば、まるで小鳥のように華奢な少女。これら不可思議なものとの出会いが、前二作との大きな違いと言えます。前二作も、設定自体はSFチックでしたが、その中で起こる出来事はその世界での現実感がありました(『カブのイサキ』の終盤は少々違いますが)。ですが本作は、すーちゃんが日常から奇妙な世界に半歩だけ足を踏み込んでしまう不穏さがどの話にもあり、時には怖くすらあるその感覚は、大きな特色と言えます。route3の自販機の話は実際ゾクっときた。
その不穏さもさることながら、やはり本作の魅力はその「空気」にあるでしょう。中古のポンコツバイクに乗って、鄙びた大気の中をテテテテと音を立てて抜けていく情景は、潮くさい匂いも、肌を撫でる風も、耳元で渦巻く音もまとめて、ありありとその「空気」を思い浮かばせます。
たぶんそのポイントは、大なり小なり常に吹いている風。バイクに乗れば大きく、地面の上で目を閉じていればほんのわずかに、風はすーちゃんの髪を揺らし、そこで空気が動いていることを教えてくれるのです。濃い描きこみの少ない絵の印象は軽く、乾いていて、でもそこには自然の湿り気がある。海や山や土の湿り気が。
ちょっとバイク欲しくなっちゃいますね、ちっちゃなポンコツバイク。それに乗って、人気の少ない田舎道を行きたい。つい小型二輪免許についてググった俺がいるのですよ。
何もない日にぼんやりと読んで、すーちゃんのいる世界にぼんやりと思いを馳せたい、とても気持ちのいい作品です。
第一話の試し読みはこちら。
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