夏のバカンス兼暗殺旅行が、あわやクラスメート大量死になるところだった3年E組。黒幕である、かつて一瞬だけE組の担当となった鷹岡から指名を受け、彼と立ち向かったのが渚でした。
- 作者: 松井優征
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2014/05/02
- メディア: コミック
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以前とは違い、渚を侮ることなく本気になっている、精鋭軍人である鷹岡。真正面から戦ってはまるで勝ち目のない彼に対し、渚がとった戦術は、老練の暗殺者・ロヴロから直々に教わった「必殺技」、猫だましでした。
ロヴロ曰く、一般的なイメージのそれとは違い、負けたら即死の緊張感の中で使われる猫だましは、その場の常識からは出てくるはずのないものであり、相手が実戦的な強さを備えていればいるほど効果的な技になる、と。
実際、戦闘の最中、自分を殺す気満々の相手に接近しているにもかかわらず、武器のナイフから手を離した渚に鷹岡は虚を衝かれ、矢継ぎ早に鳴らされた柏手の音量に意識を数瞬吹っ飛ばされました。その隙を渚が逃すはずもなく、スタンガンで易々と鷹岡を気絶させたのです。
この「必殺技」をロヴロは、「必ず殺す
暗殺者に有利な状況を決して作らず 逆に こちらの存在を察知されて 「暗殺」から「戦闘」へち引きずり込まれる
戦闘に手こずれば増援が来る 一刻も早く殺さねば……!!
そんな窮地 に「必ず殺せる」理想的状況を作り出す技
戦闘の常識から外れた行動をとる事で 場を再び「戦闘」から「暗殺」へと引き戻す それがこの「必殺技」… 「必ず殺すための 技」だ
(9巻 p30,31)
E組の人間が、そしてビッチ先生やロヴロが日ごろから鍛錬しているのは、「暗殺」であって「戦闘」ではありません。「暗殺」の最終目的は殺すことに尽きるのであり、その過程は問われないのです。対象を殺すのが「戦闘」の結果であろうとそうでなかろうと、それはなんら問題にはなりません。
このように、目的を果たす際に重要なのは、その目的を果たすために最も効率の良いステージを選ぶことなのです。
これは暗殺に限ったことではありません。
たとえば、E組でもトップクラスに危険人物のカルマですが、夏休み前にクラスの不良グループの一人・寺坂とこんなやりとりをしています。
「何だカルマ テメー俺にケンカ売ってんのか 上等だよ だいたいテメーは最初から…」
「ダメだってば寺坂 ケンカするなら口より先に手を出さなきゃ」
(6巻 p62)
脅しをかけるように近づいてきた寺坂に、カルマは機先を制して彼の口元を手で塞ぎ、それ以上の暴力的行動を封じました。
「ケンカ」というステージで、相手の行動を制圧することを目的とするのであれば、口より先に手を出す。これがカルマのやり方であり、実際修学旅行で余所の高校生に絡まれた際も、相手がごちゃごちゃ言ってる間に先手必勝で殴りかかり戦闘能力を奪っていました。単純な力比べなら寺坂や高校生にかなわないであろうカルマも、「ケンカ」というステージであれば彼らをたやすくあしらえるのです(修学旅行の話では、その直後に自分がしたのと同様の不意打ちでやられていますが、それはまさに、「ケンカは先手必勝」を体現しています)。
また、一度目の鷹岡対渚の対決も、結果としては渚の勝利に終わりましたが、その勝因として、勝敗をつけるステージの選択に渚が成功したことが挙げられます。
この対決の勝利条件は「ナイフを当てるか寸止めすれば君の勝ち 君を素手で制圧すれば鷹岡の勝ち」というものでしたが、対決前に、烏間は渚にこうアドバイスをしました。
いいか 鷹岡にとってのこの勝負は「戦闘」だ
目的が見せしめだからだ 二度と皆を逆らえなくするためには… 攻防ともに自分の強さを見せつける必要がある
対して君は「暗殺」だ 強さを示す必要もなく ただ一回当てればいい
そこに君の勝機がある
(5巻 p134,135)
勝利条件は明確でも、ステージは各々で違う。自分の強さを誇示しなければいけない=「戦闘」によって勝利しなければいけない鷹岡と、どれだけ弱くてもいい、ただナイフを一度相手に当てさえすればいい=「暗殺」によって勝利できる渚。このステージの違いを最大限に有効活用し、渚は見事勝利を収めたのです。
さて、本作のラスボスたる椚ヶ丘学園理事長・浅野學峯ですが、彼の強さの一側面として、自分の得意なステージから一歩も踏み出ず対象と向かうというものが言えます。
学園の理事長である彼は、多数のエリートを生むために小数を意図的に犠牲にするという指針を徹底して貫いており、その指針を実現させるために作り出されている環境が椚ヶ丘学園なのですから、指針に則って運営される学園がまさに彼のステージなのです。
たとえば一回目の渚との対決で敗北した直後の鷹岡に、学長は言い放ちます。
教育に恐怖は必要です 一流の教育者は恐怖を巧みに使いこなす
が 暴力でしか恐怖を与えることができないなら… その教師は三流以下だ
自分より強い暴力に負けた時点でそれ の授業は完全に説得力を失う
解雇通知です 以後 あなたはここで教えることは出来ない
椚ヶ丘中 の教師の任命権は防衛省 には無い
全て私の支配下だという事をお忘れなく
(5巻 p161,162)
学園というステージ内での自身の権力の強大さを十二分に自覚しているセリフです。
また、E組対野球部のエキシビジョンマッチ。ハナから無理ゲー極まりないこの勝負で、それでも勝ちを望んだ杉野のために、殺せんせーは特訓を行いました。特訓で培った戦術と、普段の生活で養っている「暗殺」の意識でもって試合に臨んだおかげで初回で3点先制したE組ですが、1回表途中から野球部の臨時監督に就いた浅野理事長は、殺せんせーがE組に「暗殺」の意識を持たせたように、野球部に「作業」の意識を植え付けました。
部活に出られなくなった杉野君だが… 市のクラブチームに入団したそうだ 彼なりに努力しているんだね
だがそれがどうした? 小さな努力なんて誰でもしてる
君達のような選ばれた人間には宿命がある これからの人生で ああいう相手を何千何百と踏み潰して進まなくてはならないんだ
「野球」をしていると思わない方がいい 何千人の中のたった十人程を踏み潰す「作業」なんだ
さあ 円陣を組んで 「作業」の手順を教えよう
(5巻 p11,12)
その直後にとった戦術は、本来野球部がずぶの素人を相手にするには恥ずかしくてしょうがないもののはずですが、「野球」ではなく「作業」のステージに立った部員たちは、諾々とそれに応じ、一気に形勢を逆転しました。彼もまた、勝負におけるステージ選択の重要性を熟知しているのです(最終的に試合は、殺せんせーの作戦によって部員たちは「作業」の意識をはぎ取られ、敗北しましたが)。
「暗殺」という、一般的な常識の埒外からのアタック、すなわち自分のステージに引きずり込んでの行動こそが重要であるものをテーマとしてる本作において、いみじくも学長自身が殺せんせーに言っています。
…… 噂通りスピードはすごいですね 確かにこれなら… どんな暗殺だってかわせそうだ
でもね殺せんせー この世の中には… スピードで解決出来ない問題もあるんですよ
(2巻 p104,105)
いくら殺せんせーが優れた教師であっても、優れた生物であっても、学長のステージである椚ヶ丘学園では、そうそう勝つことはできない。それゆえ、彼は学園のラスボスなのです。
「頑張った分報われる 弱者から強者になれる
殺せんせー 私は何か間違った事を教えていますか?」
「…いえ 間違っていません」
(9巻 p140)
学長の牙城はまだまだ堅牢なようです。
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