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漫画の話です。

美少女の妹には、厄介な兄と厄介な秘密が 『ふだつきのキョーコちゃん』の話

学校中にその悪名が轟く男、札月ケンジ。轟く悪名は二つ。一つは不良。そしてもう一つは重度のシスコン。彼の妹・キョーコは、校内でも誉れ高い美少女。言いよる男は数知れず。でも、そんな奴らが現れるたびに、ケンジがちぎっては投げちぎっては投げ。おかげで彼女は近寄りがたい存在になってしまっている。そんなキョーコの秘密。実は、彼女は馬鹿力のキョンシーだったのです……

ということで、山本崇一郎先生の初単行本『ふだつきのキョーコちゃん』のレビューです。
ふだんはこういう、なんといいますか、学園ラブコメの類の作品は読まないのですが、twitter上で存在を知り、書店で手に取ってみたらなんかよさげで、えいやと買ったら見事にビンゴ、とてもよかったです。
シスコンヤンキー・ケンジと、クール美少女・キョーコ。キョーコとお近づきになりたい男たちも、常に目を光らせているケンジのせいでそれができないでいる。なにくれとなく妹に気をかけるケンジだけど、キョーコはすげなく兄をあしらう。ツンケンツンケン。
けれど、ケンジのその態度の裏には、ただのシスコンではないもっと切実な思いが隠されていた。実はキョーコはキョンシー。人間の数十倍の力を持ち、定期的に血を飲まなければ動くことも出来なくなってしまう。その吸血衝動は頭に結んでいるリボンで抑えこまれているけれど、もしそれがほどけた場合、本能のままに人を襲ってしまうことになる。ケンジがなによりも心配しているのはそれで、自分の妹が人を襲ってはしまわないか、誰かを傷つけてしまうのではないかと不安に思い、いつもキョーコのそばにいるのだった。
そしてキョーコ。彼女自身も、自分の存在が兄の負担になっていることを理解している。こんな自分に世話を焼いてくれる兄に感謝もしている。でも、どうしても素直になれず、ついツンケンしてきつく当たってしまう。兄の横っ面をひっぱたいたり、罵詈を投げつけたり。そういうことをするたびに自己嫌悪に陥りながらも、止められない。けれど、ふとした拍子にリボンがとれてしまうとどうなるか。上でも書いたように、リボンは彼女の本能を抑えつける枷。それがなくなれば、本能のまま感情のまま、キョーコは素直にならずにいられない。普段キツく当たっているケンジに、猛烈な謝意と好意をぶつけてくる。
と、このように、秘密を抱える兄妹と、それを知らない周辺クラスメートらとのドタバタとちょっぴりラブなコメデイです。
しかしまあこのキョーコちゃんがかわいいんです。造形面でいえば、私が緩くウェーブのかかった長い髪(なぜかリボンがほどけるととたんにウェーブがかかるとか、各話どころか1話の中でも髪の長さがぶれるなど、些末な問題です)に弱いというのもあるのですが、リボンがほどけてデレが顔を出した時の、涙目になってまでケンジに謝意を示し、そして同時に血を吸うというこの背徳的な行動。たぶん子供の頃に読んでたら変な性癖目覚めてた。
デレ面の描写も、ただの普段とのギャップに終わらせないのがとてもよいです。ケンジのクラスメート・日々野に彼がデレデレしているとジェラシったり、謝ろうと思ったけど恥ずかしくて結局それをごまかすようなことを言ったりと、テンプレ的な行動はあるし、普段のツンケンの反動としての涙目吸血にはすさまじい威力があるのですが、なにより第3話の、寝てるケンジの横でキョーコ(素面)が謝るシーン(p98)。1ページを丸々使い、1コマ目に「ゴメンねお兄ちゃん」、そこから3コマ無言のコマを挟んで、最後の大きいコマで「聞かれてなきゃ言えるんだけどな…」。やっぱり読み手の想像を掻きたてるのは「間」であるなあと思わされました。キョーコとケンジのアップが描かれるだけの無言の3コマがあるからこそ、キョーコのセリフの裏にはいろいろな葛藤があると感じられる。このシーンのおかげで、一気にキョーコの「素直になれなさ」に深みが出たのです。すごくいいページ。
兄が普通の人間で妹がキョンシー、リボンがお札替わりで、家族に両親の姿は見えない。1巻の時点ではそれらの謎に一切説明をつけないまま話が進んでいます。けど、そこはたぶん、そこまで重要じゃない。とってつけたような理屈でも、面白さはさして損なわれない。この作品の魅力は、突飛な設定の下でも、それに頼るだけで終わらない魅力的な登場人物の描き方です。妹がキョンシーはともかく、兄妹の関係性としてはそこらにありそうなものでも、それぞれのキャラクターにはちゃんと内側がある。キョーコかわいいよキョーコ。
実のところ、単行本の表紙や帯にはキョンシー云々の設定は書かれておらず、その意味でこのレビューは、ちょっとしたネタバレではあるのですが、でもこれは知っておいた方がフックになると思ってあえて書きました。それに、第1話で明らかになる設定にネタバレも何も……と思いますし。
ともあれ、これはかなりのパワープッシュ作品です。おすすめ。


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