目の下まで前髪を伸ばした転校生・卜部美琴は、最初の挨拶を「よろしく」の一言で済ます、クラスメートからの昼飯の誘いを「眠いから」と言下に断る、授業中「非常に個人的な出来事」から一人大爆笑する、と振る舞ったために転校初日から「ヘンな奴」のレッテルを貼られた。そんな彼女の様子に、隣の席の男子・椿明は他人事ながらやきもきしていたが、放課後教室に行くと、そこには一人机に突っ伏して眠っている卜部が。よだれを垂らして寝ていた彼女を起こし、その拍子に初めて見た彼女の素顔にドキドキしながら、教室を出ていく卜部を見送る。ふと机の上を見ると、彼女が垂らしたよだれ。何かに憑かれたように椿はそれに指を浸し、舐めた。卜部のよだれはひどく甘かった。そしてそれこそが、彼と彼女のつながりの証だったのだ……
- 作者: 植芝理一
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2006/08/23
- メディア: コミック
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植芝先生と言えば『夢使い』で「変なとこにあるエロ逆鱗を逆撫でる漫画家」ランキング第一位(オレコン調べ)に輝いた漫画家なのですが、本作も十二分に逆撫でてくれます。無愛想な女子高生(処女)が自分の指をしゃぶり、丹念によだれをからませて、男子高校生(童貞)に舐めさせる。キスもセックスもしないけど、それだけは毎日の日課。もうエロいのかどうかよくわからないけど、なんだか背筋がぞくっとするのです。
平々凡々とした男子高生であるところの椿明と、転校初日から「ヘンな奴」のレッテルを貼られても恬と気にするところのない女子高生・卜部美琴。どこでどう惹かれるところがあるのかわからない二人ですが、そんなことは全く関係なく襲ってくるのが恋の病。偶々見えた彼女の素顔がかわいかったから。頭の中で聞こえた声がそう言ったから。きっかけがどんなに些細なことでも、あるいはどんなに奇矯なことでも、恋に落ちてしまえばもう関係ない。信じたもの勝ち、突っ走ったもの勝ち。それが若ければ尚のこと。
当人たちにもわからない椿と卜部のつながりは、よだれが介在しています。それは二人に、そして男女に限ったことではなく、この作品では、絆でつながれた人間はよだれでもって精神が感応するのです。なんでもない人間のよだれならただの微味微臭の液体ですが、絆がある人間のものなら甘露の如くに甘く、また、悲しい気持ちの時に出たよだれを舐めれば悲しい気持ちに、興奮した時に出たよだれを舐めれば興奮する、傷を負った時の傷を舐めれば同様の傷ができるというように。
これが、実際に永久不変の絆の証なのか、それはまだわかりません。もしかしたら、一時の気の迷いがそうさせているのかもしれない。でも、この作品に登場する童貞処女たちは、よだれのきずなを実感したらそれこそが真実であると思い込むのです。そのひたむきさは、愚かでもあり、美しくもあり、ちょっとエロくもあり。だってよだれですよ?
「椿くん…… あなたが わたしの― 生まれて初めてのSEXの相手となる男の子だ―って……」
これは、読み切り掲載の第ゼロ話で卜部が言った言葉です。それを考えれば、おそらくこの作品の到達点は二人のSEXでしょう。そこに至るまでの道程は、お互いがお互いを知るプロセスであり、同時に、お互いがお互いのことをもっと知りたくなるプロセスです。相手のことを知れば知るほど相手のことがわからなくなり、だから相手のことをもっと知りたくなる。このプロセスに巻き込まれれば、相手のことを知り尽くすということはありません。もし到来する時があるとしたら、それは恋が終わる時です。
その意味で、恋人は永遠の謎。謎の彼女X。
現在8巻まで刊行されていますが、当初は実に不思議ちゃんだった卜部も少しずつクラスに溶け込み、わかりやすい「謎」の少女ではなくなっています。それでも彼氏である椿にとって、卜部は永遠に謎の彼女。日々発見する卜部のかわいさにときめきを新たにし、いっそう彼女のことを知りたくなるのです。
珍妙な形かもしれませんが、これは確かに青春の1ページで、読んでて甘酸っぺえ気持ちになること請け合いなのですよ。
それはそれとして、「居眠りしながらよだれ垂らしてる女の子ってかわいいと思いませんか?」とは巻末に書かれている植芝先生の言葉ですが、私は万感の同意をそれに与えるものです。お気に召しましたらお願いいたします。励みになります。
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