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漫画の話です。

残暑/鬼頭莫宏/小学館

鬼頭莫宏短編集 残暑 (IKKI COMICS)

鬼頭莫宏短編集 残暑 (IKKI COMICS)

デビュー作を含む作品集。
「残暑」と「三丁目交差点電信柱の上の彼女」は連載を持つ前の作品で、「華精荘に花を持って」、「よごれたきれいな」、「AとR」、「パパの歌」は「なるたる」と平行した時期に描かれたもの、「ポチの場所」は「ぼくらの」連載中の時期の作品です。

まず一番に眼をひいたのは、デビュー作「残暑」(1987年)の絵柄でした。

キャラの顔立ちが、大友克洋先生や皆川亮二先生に似ているのがとても意外でしたね。もちろん確かに現在の作品のキャラの源流としてのデッサンなんですけど、そこからこう変遷を辿るとは、って感じです。そりゃ20年も前の作品ですから違って当然なんですけど(でもそう考えると、岩明均先生の絵柄の変化は小さいですね。「寄生獣」と「ヒストリア」でやはり20年近く経ってるわけですけど、顔の造形に差が殆ど見られない)。まだ、鬼頭先生特有の、少女の身体の線の細さも見られません。

ページ(コマ割)の作り方も、普通というかなんと言うか、私が鬼頭先生に感じる「透明で虚ろ」な印象を受けません。「なるたる」の途中からそれを感じるようになるのですが、この本に納められている作品だと、「よごれたきれいな」(2002年)以降ですかね(「透明で虚ろ」な印象は決してネガティブな(少なくとも私にとっては)イメージではありません。鬼頭先生を語る上で避けては通れないであろうこの印象については、また別の機会に詳しく論じてみたいと思います)。

絵の面での特異さとしては、「華精荘に花を持って」(2000年)でもそれが見られます。
時期的には「なるたる」の中盤あたりなんですが、それとは表現方法がまるで違うし、以降の作品との類似も見られません。

重ねない細い線による主線。あえて大雑把に貼ったスクリーントーンによる影。特に後者のために、ある種ファンシーでさえある雰囲気が漂っています。「透明で虚ろ」な感じは確かにあるんですけどね。


さて、この本には20年近くにわたって発表された作品が7本納められているわけですが、その殆ど全てに共通するもの。それは「生(性)と死」です。そしてそれは、連載作品であった「なるたる」や「ぼくらの」にも感じられるものです。鬼頭先生は、当初からそのテーマを常にどこかに感じながら作品を作っていたのだなと思わずにはいられません。
鬼頭先生の作品は、読んでいてどこかゴリゴリゴツゴツとしたもの感じます。それはまるで、大きな角ばった石のようです。進むべき道(ストーリー)の上に、障害物のように横たわり、あるいは地面の中に姿の大半を隠してこっそりと頭を出しているように、それの存在を感じます。
果たしてそれは何か。
私は、不器用でも、力尽くでも、描きたいテーマを描こうとする心意気、それが「ゴリゴリとした」感じなのだと思います。それは愚直さと言い換えていいのかもしれません。
必死に精神から搾り出したような頑なな力強さと、それとは相容れないのではないかとさえ思える「透明で虚ろ」な雰囲気。
重いテーマと、ひんやりとして白々した空気。
この二面性に、鬼頭先生の魅力はあるのではないでしょうか。






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