『よふかしのうた』セリと秋山と対等な友達の話

前回の記事では、コウの行動原理について書きました。
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簡単にまとめれば、コウはナズナを好きになろうとしていますが、それは手段としての恋であり、最終的な目的は、彼女が示した価値観で生きることだ、ということです。
まだ恋をしたことがない少年が吸血鬼になるためには、自分の血を吸う吸血鬼に恋をしなければいけない。
でも、恋ってなんだろう。好きってどういうことだろう。
それがわからないからこういう状況になった彼が、その状態にならなければいけない(しかも一年以内に)(しかも生命を賭けて)という皮肉も、本作の面白味の一つなのですが、では、その好きだの恋だのといった難問を本作ではどう描いているのか。
本稿では、その一つであるセリと秋山の関係について考えたいと思います。

セリの描写の不明瞭さ

3巻にてついに登場したナズナ以外の吸血鬼。眷族を増やし子孫繁栄を目的とするのが吸血鬼ですが、その中の一人であるセリは、「この世で最もモテる存在」であるところのJKに扮しています。
いかにも軽薄そうな調子で男性と知り合っているセリですが、3巻の後半では、彼女と、彼女のストーカーと化したメンヘラこと秋山に焦点が当てられています。最終的にはセリが秋山を眷族にする、すなわち、セリに惚れた彼の血を吸うことでお話は一段落しましたが、私のつい勢いで読んでしまう癖ゆえにか、この流れがわかるようでわからない、わからないようでわかるという、印象深いわりにはなんとも曖昧な理解で終わってしまい、いくつかの疑問が残りました。
たとえば、
Q1 「恋は盲目」の話を秋山から聞いたときに浮かべていた、思わしげな表情は何なのか(3巻 p173)。
Q2 なぜ恋愛上手な吸血鬼が、秋山の感情を拗らせるような悪手を打ったのか(3巻 p177)
Q3 なぜ「今回に限って」秋山を殺そうとしたのか(3巻 p182)
Q4 眷族祝いのカラオケに行ったときに浮かべていた、思わしげな表情はなんなのか(3巻 p201)。
と、作中で答えが言葉にされているものもありますが、その答えが直截的すぎてよく呑みこめなかったりしました。ただ、とどのつまりそれらは、
Q5 セリにとって秋山は結局どういう存在だったのか
という疑問に集約されます。
彼女の言ったとおり友達なのか。それとも恋愛感情があったのか。あるいは別の何かなのか。
この疑問を解き明かすべく、セリと秋山の関係を詳しく見ていきましょう。

恋愛が楽しかったはずのセリ/「恋愛なんて脳のバグ」の秋山

まず、秋山と知り合った時点のセリです。
ナズナ以外の他の吸血鬼と同様にセリは、種の目的(子孫繁栄)に忠実に、積極的に男どもを誑し込み、そこに楽しみも感じていました。

恋は盲目 という言葉がある
盲目な男を相手にするのは楽しかった。
すべて自分の思うがままだった。
(3巻 p171)

しかし彼女は、そんな生活に「いつしか飽きを感じ始め」てしまいました。

飽きちゃったんだよ そういうの。
退屈なんだよ でもこんなの誰に言えばいいんだ?
「人との関わり全てに"恋愛”がついてくることに疲れちゃった」なんて。
(3巻 p188)

そこに何か理由はあるのか、他の吸血鬼も似たようなことを感じるのか。それはわかりませんが、とにかく彼女は飽きてしまった。
そんなときに出会ったのが秋山でした。
彼との出会い方は、他の男性との出会いと大差ありません。すなわち、いかにも男性が惚れてしまいそうな、吸血鬼らしい出会い方。
飽きを感じていようと、セリはそれ以外に人間との付き合い方を知りません。ですから、秋山にもいつものような態度で声をかけたのです。
しかし、秋山は他の男とは違いました(少なくともセリはそう感じました)。

「恋愛感情なんてひとときの脳のバグでしかないんだ。
そんなものに縛られるなんて馬鹿馬鹿しいと思わないかい?」
知らなかった
そんなこと思う人間がいるなんて考えたこともなかった。
今まで覚えたことのない感情だった。
もしかしたら 
この人間となら
(3巻 p171)

恋人にフラれたばかりの大学生がイキって言うには似つかわしすぎる秋山のセリフですが、こんな言葉をセリに言う人間は今までいなかった。
それはそうでしょう。彼女が人間の男と接するのは、食事のためか、眷族を作るためか。前者であればおそらく、後に自分が血を吸われたとは思わないような形で接するはず*1。ですから、実質、人間と接するときはほとんどの場合で眷族を作るため、すなわち相手を自分に惚れさせるように接していたセリが、その当の相手から「恋愛感情なんてひとときの脳のバグ」などと、恋愛を否定するようなことを言われるはずはないのです。なにしろ吸血鬼は恋愛上手なのですから。
しかし、秋山はそう言い放った。それがセリには新鮮だった。「今まで覚えたことがない感情だった」くらいに。「もしかしてこの人間となら」今までとは違う関係を築けるのではないかと思うくらいに。

セリの新しい関係「友達」

今までとは違う関係。それはセリ曰く、そして秋山曰く、「友達」でした。
友達。それはセリにしてみれば、恋愛がつきまとわない関係。飽きてしまった、退屈してしまった、疲れてしまったそれとは違う関係。
高校からの恋人からフラれたばかりの秋山は、当初は「恋愛なんて脳のバグ」と恋愛を否定するようなことを言い、セリに恋愛感情を見せはしませんでした(実のところ、彼は当初からセリに好意を持っていましたが*2)。だからセリは、彼と友達になれると思った。恋愛なんて無関係に付き合えると思った。そして実際セリは、その関係がとても新鮮で、とても楽しかったのです。
二人の関係がどのくらいの期間だったのか、それはわかりませんが*3、いい意味で甘くない蜜月は長く続きませんでした。セリは気づいてしまったのです。結局自分は、他の人間と同じようにしか秋山と付き合えないのだと。

でも普通の友達みたいなコミュニケーション 知らないんだ。
無意識で相手を惚れさせようと振る舞っちゃう
あ、今押せばこいつあたしのこと好きになるなって
気付いたらそんなことばっかり考えてる。
(3巻 p188)

秋山と「友達」として喋っているはずが、無意識の裡に恋愛を振舞にからめてしまう。どうするれば相手を自分に惚れさせられるか考えてしまう。秋山が自分に惚れれば、もう「友達」ではいられなくなってしまうのに。
そもそも、セリにとって友達とはどんな存在なのでしょうか。
それを考えるにはまず、彼女にとっての友達じゃない人間とは何かを考える必要があります。
上にも書いたように、彼女にとっての人間は、食事か眷族候補でした。そして、実際にコミュニケーションをとっていた後者をどうとらえていたかと言えば、「盲目な男」であり、「すべて自分の思うがまま」だったのです。また、吸血鬼にするための条件は、吸われる側が吸う側に恋をしていることであり、その逆は必要ありません。まったく非対称な関係性です。
ということは、そうではない人であるところの「友達」とは、盲目ではない男であり、自分の思うがままにならない人間だと言えるでしょう。それはつまり、対等な付き合いのできる存在です*4

A1 友達とはずっと友達でいられるのか

秋山は、今まで(食事以外では)恋愛を絡めたコミュニケーションしかとることのできなかったセリに対して、「恋愛なんて脳のバグ」と、それまでの彼女を否定するようなことを言いました。それは、秋山がセリの思うがままにならなかったということです。彼女を否定してくれる(無批判に賛成しない)のは、対等な相手だからです*5。それが彼女には新鮮で、楽しかった。
でも、彼女は気づけば、それまでと同じように、どうすれば秋山を惚れさせられるかということを考えてしまっています。秋山が自分に惚れてしまえば、「恋は盲目」になってしまえば、もうこんな楽しい会話もできないのに。
それに気づいてしまったのが、まさに「恋は盲目」の話をしていたときにセリが浮かべた表情だと思います。

かの…元彼女に対しての感情を 今思い返すと ちょっと異常だったなって思うこともあるよ。
無意味な心配をしたり嫉妬深くなったり…
正直、そんな状態になって自然に会話ができなくなるなんて気持ち悪いもんね。
(3巻 p173)

このまま秋山との関係を続けていけば、いつか自分は彼を自分に惚れさせてしまうだろう。「気持ち悪い」状態にしてしまうだろう。それにセリは気づいてしまった。でも自分は、それ以外の付き合い方を知らない……

A2 最悪よりは、それより一歩手前の方がマシ

だから彼女は、(あくまでコウが考えるところですが)恋愛上手の吸血鬼にもかかわらず、秋山に嫌われるような態度をとった。友達じゃなくなってしまうなら、秋山が自分を好きになって、対等じゃない関係になってしまうくらいなら、まだ嫌いになってくれたほうがいい。そうすれば、少なくとも自分を嫌っている分だけ、「思うがまま」な存在ではないから。
これが、セリが秋山の感情を拗らせる悪手を打った理由だと思います。秋山がセリの意図から外れ彼女を嫌いにならず、メンヘラと化してストーカー行為をするようになったのは、今まで彼女がそんなこと(意図的に自分を嫌わせる)をしたことがなく、加減がわからなかったから、でしょうか。

A3 最悪よりは、それより半歩手前の方がマシ

では、そんな彼女が秋山を「今回に限って」殺そうとしたのはなぜなのでしょう。
それは上記とも関連するのですが、彼に、自分の思うがままにならない人間であってほしかったからではないでしょうか。
秋山とは友達でいたい、対等でいたい。でもできそうにない。惚れさせるくらいなら、対等でなくなってしまうくらいなら嫌いになってもらう。でもそれにも失敗してしまった。ならいっそのこと、そうなる前に殺してしまおう。
そういう心の移り変わりだと思うのです。そんな変遷は、コウいうところの「セリさんの方がメンヘラじゃん!」なのですが、今までそんな感情を持った相手がいなかったからこそ、「今回に限って」そんなメンがヘラったことを考えてしまったのです。

A4 個人の最悪=種の最高?

ですが実のところ、セリには、秋山を眷族にすることも選択肢にあがっていました。それは、おそらくは秋山からのLINE画面を見ての独り言からもわかります。

こうなるとだるいんだよなあ…
途中まで眷族にしてやってもいいかなって思ってたんだけど…
(3巻 p137)

これまで読解してきたこととは多少そぐわない言い方ですが、LINE画面のアイコンや、ストーリーの文脈から考えれば、このメッセージの送り主が秋山であると考えるのが妥当でしょう。
その時点では嫌われようとしていたとはいえ、なぜ友達であった秋山を「眷属にしてやってもいい」と思ったのか。直接には描かれていませんが、推測するにその理由は、彼女が吸血鬼だから。種として子孫繁栄を目的としているからではないでしょうか。秋山とは友達でいたい、惚れた腫れたの関係でいたくないというセリ個人の願望と、眷族を作って子孫繁栄すべしという種の目的。相反する二つの命題があり、迷う中で、自分の望みを措いておいてでも、秋山を眷属にしようという考えが浮かぶこともあったのだと思います。
この二律背反にセリが悩んでいたことがわかる描写があります。

「僕を あなたの眷属にしてください。」
「……いいの?
今までの生活とか… なくなっちゃうかもしれないんだよ?」
「いいんだ。 
ありがとう 友達だから 僕のこと 考えてくれてたんだね。」
(3巻 p195,196)

友達の秋山と一緒にいれば楽しかった。ひょっとしたら、眷属にしても、友達じゃなくなっても、一緒にいて楽しいかもしれない。でも、秋山を眷属にしたら、今までの生活がなくなっちゃうかもしれない。
そんなことをセリは考えていました。秋山自身が自認するように、吸血鬼は人間より上の存在。「人間の都合なんて無視して」いい存在。なのにセリは、人間の秋山のことを考えていたのです。だって、友達だから。
そして葛藤と暴走の末、セリは秋山を眷属にしました。彼女に惚れた秋山の血を吸うことで。
種の目的に彼女は貢献しました。でもそれは、彼女の望みを放棄することでした。でもそれは、秋山と一緒にいられることでもありました。でもそれは、秋山が「眷族」という明確に彼女より下の存在になったことを意味するのですが。
そんなもろもろに心が振り回された果ての「お祝い」であるがゆえに、彼女はあんなに物憂げな顔をしていたのだと思います。

A5 彼女にとって彼は

以上を踏まえれば、セリにとって秋山は、あくまでも「友達」であったのだと思います。自分の思うがままにならなくて、対等で、ついその人のことを思いやってしまうような存在。そこには秋山が言った、「無意味な心配」や「嫉妬深」さといった「恋」の状態を見いだすことはできませんが、おそらく、秋山がセリのことを想っていたと同じくらいには、大きなものだったのではないでしょうか。
ただそれは、彼女が秋山を眷属にした以上、「あった」「だった」と過去形で表すしかないのですが。

ということで、セリと秋山に関するお話でした。
まだセリ一人が描かれただけでこれですから、他の吸血鬼たちも本格的に動き出したら、いったいどうなってしまうんでしょう。楽しみやら怖いやら。



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*1:添い寝屋をして、人が寝てから血を吸っていたナズナのように

*2:3巻 p174

*3:半袖Tシャツから長袖シャツへの服装の変遷を考えると、せいぜい数か月?

*4:一応、対等以上、すなわちセリの方が下だという付き合いも原理的にはありえますが

*5:しかし、これすらセリが無意識の裡に、秋山が「こういうことを言う方がセリの好感を得られるだろう」と思うように、振る舞ったのだとすれば、非常に悲劇的な話になってしまいますが