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漫画の修羅たちは血で血を洗う『狭い世界のアイデンティティー』の話

漫画家のタマゴ・神藤マホ。大手出版社である件社(くだんしゃ)で、年間賞佳作を受賞した彼女にはある目的があった。それは、かつて同社に持ち込みをした際、そのビルの上階から突き落とされ、串刺しになって死んだ兄の敵を取ること。彼女は誓う。暴の力でもってこの世界を邁進すると。編集者、漫画家、アシスタント、書店員。漫画に関わる者達の嫉妬と羨望と欲望が渦巻く嵐の中で、マホは兄の敵をとることができるのか……

ということで、押切蓮介先生の新刊『狭い世界のアイデンティティー』のレビューです。
あらすじからして荒唐無稽な本作、どこか*1でぐつぐつと醸成されていた怨念がこもっているのでしょうか、漫画界を徹底的に虚仮にするかのような物語になっています。もちろん、ギャグとしてね?
いや、ギャグでしかないじゃないですか。だって、出版社に持ち込みに行ったら、ビルの上階から窓を突き破って墜落し、地上に立ち並ぶ串に刺さって早贄状態となる。そして他の串にはいくつもの骸や原稿が……。なんだ、●談社は15世紀のワラキア公国にあるのか。おっと、講●社じゃなくて件社か。
そんな無残な最期を遂げた兄の敵を討つべく、必死で漫画を勉強し、なんとか佳作を受賞したマホ。年間新人賞受賞者の一人として年末の謝恩会に招かれ、他の受賞者が強迫や金による篭絡、毒などでライバルを蹴落とそうと目論む中、壇上での受賞者インタビューで彼女はこう言い放ちます。
「この蹴落とし合いの世界で生き残るには―――― 漫画力だけでは足りません
暴の力でこの業界を 邁進したいと思います…」
そして、壇上に並ぶ他の受賞者たちが慌てふためいた次の瞬間には、目にもとまらぬ連撃でノックアウトしていく。宣言通り、暴の力でライバルを蹴落としたのです。
こうしてマホの復讐は始まります。
ですが、暴力を備えているのは彼女だけではありません。血で血を洗って争い続ける他の作家たちはもちろん、その作家たちのパートナーである編集者にも、当然の如く暴力が溢れているのです。
一例を挙げましょう。一般の会社で「ホウ・レン・ソウ」と言えば、それは「報告・連絡・相談」ですが、件社においては違います。件社の「ホウ・レン・ソウ」とは、「砲撃・連撃・総撃」。社内で下手な振る舞いをした人間に対しては、その場にいた編集者たちが、砲撃を撃ちこみ、連撃を放ち、総撃で襲い掛かってくるのです。
作家の暴に対する編集者の暴。修羅たちの巷は暴力と流血まみれ。おお地獄。ここはこの世の地獄。
珍しく澄んだ目をしてやる気に溢れる漫画家も、濁った眼をして不満と理想ばかり口にし一向に手を動かさないアシスタントたちに邪魔をされ、漫画を売ることに血道を上げる書店は万引き犯を拷問に処し、呼びつけた保護者も拷問に処し、自社の販売棚を増やせと要求する出版社に一歩も引かない。売れた漫画家は売れない漫画家に妬まれ、売れた漫画家が打ち切られればお疲れ様会と称して傷口に塩を塗り込み二度とペンを持てないように心を折られる。新人は先輩漫画家や編集者に取り入ろうとする裏でどうやって老害を引きずり下ろそうかと画策し、大御所と呼ばれるようになった漫画家も新しい芽を摘むことを怠らない。
漫画界とはこんなところだったのか……。
そんな恐ろしい漫画界で発される言葉は、他にも震え上がるものばかりです。
「糞つまらない漫画で紙という資源を無駄にした環境破壊者に死の裁きを…!」
「陰茎と玉袋を潰した後にジワジワなぶり殺すのだ!!」
「この男同士 どちらかが妊娠するまで性行為をさせるのだ!!」
「私はこの飲み会の幹事をしている小泉聖子よ 1人8千円の参加費をいただき その内5千円をピンハネして生活している者なの…」
「ここは漫画家だけの交流の場よ! 漫画家が交流し 褒め合い 傷をなめ合い 性行の糸口をつかむ場であるのよ!!」
「『本 本 数々の本が置かれるこの店は居酒屋でも床屋でもない… そう 本屋である』」
ぶるぶる。こわやこわや。
悪鬼魍魎が跋扈するこの世界、果たしてマホの兄の仇は誰なのか。彼女の復讐は遂げられるのか。それは悪魔さえもわからない……。


第一話の試し読みはこちら。凶悪な世界を目の当たりにしておしっこちびってください。
狭い世界のアイデンティティー/押切蓮介 モアイ


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*1:具体的にはス●エニ