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映画、それは夢と希望と狂気の大釜 『映画大好きポンポさん』の話

ポンポさんは映画プロデューサー。伝説の名監督である祖父から、幼少時より映画の見方について手ほどきを受けていた彼女は,まだ少女と言ってもいい年頃ながら,何本もの大ヒット作を排出している若きシネアストなのです。
映画製作に奔走するポンポさんのかたわらには,助手のジーン君。学歴もない,容姿も悪い,仕事もできない,友達もいない。でも,映画に賭ける情熱だけは人一倍。そんな彼と,ポンポさんの元にオーディションを受けに来た女優のタマゴ,ナタリーが,ポンポさんの目にとまったある日……
映画大好きポンポさん (ジーンピクシブシリーズ)
ということで,人間プラモこと杉谷庄吾先生の初単行本『映画大好きポンポさん』のレビューです。
元々この作品は,今年の4月にpixivでアップされたものなのですが,さほど間を措かず爆発的に人気が広がり,あれよあれよという間に書籍化までこぎつけられました。どうやらあとがき曰く,そもそもの本作誕生の経緯は,作者の所属している会社が2015年に5分アニメの製作を依頼され,その企画の一環で作られたものだそうです。残念ながら企画は頓挫してしまったのですが,そんなら自分で個人的に漫画にすりゃいいじゃん,と作品の形になったのが,この『映画大好きポンポさん』なのです。
さてこの『ポンポさん』,ストーリーとしては,最初に書いたように,天衣無縫の敏腕プロデューサーの元で,それしか取り柄のない映画バカの助手と,ダイヤの原石である女優のタマゴが引き合わされて,映画製作が動き出す,という,ありがちといえばありがち,ベタといえばベタなストーリーなのですが,これがまあ,読んでて涙ぐんでしまうのです。
感動とか泣けるというと少し違くて,心が強く揺さぶられた結果,その生理的反応として涙が出てくるといいますか。比喩的に言うなら,感動とか泣けるとかで出てくる涙には,それをもたらした情動に,たとえば喜怒哀楽などの色(名前)が付いているものですが,『ポンポさん』を読んでこみ上がってくる情動は,そのような色がない無色の情動,透明なパッション,物理的に精神を揺さぶってくる衝撃とも言うべきものなのです。ひょっとしたら何らかの色が付いているのかも知れませんが,まだその色の名前はわからない。だから,それに色を見られず名前もつけられず,ただ揺さぶられたという事実を感じて,目からこぼれそうになってる涙に気づくだけなのです。
ただ,それに名前はつけられなくても,何からそれが生まれたのかは考えることができます。私にとってのそれの主たる生みの親は,ポンポさんの助手のジーン君です。要所要所で描かれるジーン君の狂気の姿こそ,私を揺さぶるものなのです。
この作品の主要な登場人物は三人。ポンポさん,ナタリー,そしてジーン君です。上にも書いたとおり,敏腕プロデューサーポンポさんの元で,ギークでナードなジーン君と,まだ端役すらも与えられたことのない女優未満のナタリーが引き合わされ,映画製作が動き出すというものですから,既に出来上がったものとしてのポンポさんを土台にした,ジーン君とナタリーの成長譚・出世譚のように一見思えますが,そうではありません。いえ,ナタリーについてはそう言えるかも知れませんが,ジーン君については違うと思うのです。
ネタバレになるので詳しくは書きませんが,たしかに結果だけを見ればジーン君は,物語の冒頭からエンディングで,大きく出世したと言えるでしょう。ですがその出世は彼が求めていたものではありません。また,その出世をもたらした彼の製作物も,彼が成長したから生まれたものではありません。最初から彼が求めていたものは映画監督になること,より正確に言えば,映画を作ることでした。自分が求めていたことを全身全霊で追求する彼の姿,狂気を孕んですらいるその姿が,私の心の奥の方へどすんと飛び込んでくるのです。
「クラスの最下層」であり「学校生活になんの喜びも見出せず 授業が終わると逃げるように家に帰って映画ばかり観ていた」ジーン君には「友達なんて一人もいなかったけどどうでもよかった だってまだ観た事の無い映画が世界中に溢れているんだから」。だから彼は,「手にしたたった一つの夢 映画監督を目指して」映画会社に入ったのです。
映画が好き。とにかく映画が好き。でも,学歴ない,美貌もない,社交性ない,仕事できない。ないない尽くしのジーン君に,自信なんてあるわけない。ですから,そんな自分が他の人間を差し置いて,敏腕プロデューサーポンポさんの助手をやっていることが不思議でなりません。
なので,ある日尋ねました。どうして自分なんかを助手に選んでくれたのかと。するとポンポさんは答えます。君が一番目に光がなかったからだよと。

他の若い子はね…… みんなもう目がキラキラしてたのよ
充実した学生生活 友人や恋人と共に光り輝く青春を謳歌してきましたっていう瑞々しいきれいな瞳
だけど満たされた人間っていうのは 満たされているが故にモノの考え方が浅くなるの だって深く考えなくても幸せだから
幸福は創造の敵 彼等にクリエイターの資格無し
そういう幸せな連中に比べてジーン君は 社会に居場所がない人間特有の追い詰められた目をしてるの
現実から逃げた人間は 自分の中に自分だけの世界を作る まさに創造的精神活動!
心の中に蠢く 社会と切り離された精神世界の広さと深さこそが その人のクリエイターとしての潜在能力の大きさだと私は確信しているの
(p40,41)

少し長いですが,まるっと引用しました。
このポンポさんの名演説の中に登場する,「自分の中に自分だけの世界を作る」ということ。そのようなジーン君の様子はしばしば描写されます。
たとえば,別の監督が製作した新作映画のトレイラーを作るよう依頼されたシーン。ジーン君は,とりあえず明日の朝までに15秒スポットを作ってこいとポンポさんに言われ,さらに,15秒スポットは映画の顔みたいなものだから出来映えが直接売上に繋がる,作品に関わった全スタッフの生活を背負うくらいの気持ちで作ってね☆とプレッシャーをかけられました。強烈な重圧を感じながら作り始めた彼ですが,夜も更け,すっかり集中し始めたときにはこんなことを思っています。

…………
やばい………
売上とか…… スタッフの生活とかどーでもいい………
超楽しい!!!
(p75)

実際に一晩で仕上げ,ポンポさんと監督に見せてOKをもらい,新たに30秒スポット,2分スポット,ネット用トレイラーも任されて思ったことがこれ。

やった! やった!
また今日もフィルムを作れるぞ!
(p77)

2分か―……
2分あったらもっと展開広げられるな―……
(p78)

「売上とか」「スタッフの生活とか」外の世界の現実から切り離され,「自分だけの世界」の中で「超楽しい」ことに没頭するジーン。任された仕事を仕上げ,新しい仕事をさらに任されて思うことが「またフィルムを作れるぞ!」「2分あったらもっと展開広げられるな」なジーン。失敗しないでよかったとか,認められて嬉しいとか,これで出世できるとかでなく,もっとフィルムを作れることが単純に嬉しい,そんなジーン。たいていの人間であれば心をよぎるであろう社会的な成功など歯牙にもかけず,ただただ自分の楽しみに思いをはせるのです。
それ以外にも,ジーンが「自分だけの世界」に入るシーンがいくつもありますが,私にはない狂気がむき出しになったその瞬間に,心がぐらっと揺さぶられるのです。
もちろん,ジーンの描写にそこまでの力があるのは,ただ彼の描写単体ではなく,他のキャラクター,すなわちポンポさんやナタリー,あるいはポンポさんの祖父ペーターゼン,売れっ子女優ミスティア,名俳優マーティン・ブラドック,職人監督コルベットの描写との対比があるからこそです。
天真爛漫なナタリーが夢を叶えていく,言ってしまえばありきたりなサクセスストーリー(実際,彼女のシンデレラっぷりにたいした説得力はありません。「ポンポさんがピンと来たから」以上の理由なく彼女は見出されます),ポンポさんやミスティアといった,既に実力も地位もある人間がさらに努力や才能を発揮する姿などの,いわば陽の面を背景に,陰のジーン君の姿が強く引き立つのです。
当然ですが,陽の部分が退屈ということはなく,そこでのテンポの良いセリフ回しやチャーミングなキャラクター自体も,十分魅力的なものです。あの見開きは,陽の面の極地と言ってもいいでしょう。
とまれ,この陰陽両面があるがゆえに『ポンポさん』は,単純な面白さを越えた,心を揺さぶる力がある作品に仕上がっているのだと思うのです。
わずか150pにも満たない紙幅の中で,軽妙なコメディとごっつりした作品論,そして狂気の持つ力を描き込んでいる本作。是非読んでほしいと思います。実はpixivでまだ全ページ読めるのですが、心揺さぶられたら是非単行本も買ってほしいです。描き下ろしのおまけページもあるしね。
映画大好きポンポさん/人間プラモ-pixiv
本作成立の発端として,アニメの企画がぽしゃったから,とは先に書きましたが,どうやら単行本帯によれば,アニメ化企画が進行中とのこと。なんというミラクル。
しかし,杉谷先生は他にも漫画は描かないのかなあ。できれば描いてほしいなあ。ホントに。



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