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『ベルセルク』世界を前に立つ「普通」の人間の美しさの話

ベルセルク』38巻が発売されました。『HUNTER×HUNTER』33巻も発売されました。これは今年、何かある。蝕か?

ベルセルク』38巻では、同窓会のようにかつてのキャラクターが登場したり、人間サイズの派手な戦闘があったり、妖精郷にガッツ一行が辿り着いたりと、色々見所がありましたが、何よりの見所は、リッケルト。蝕を生き延びた鷹の団、その中でも贄になっていない唯一の人間リッケルトが、第5のゴッドハンド・フェムトとして転生しながら、現世に受肉したグリフィスと再会しました。そのときのリッケルトの反応。あれこそが、この巻の最大の白眉であると、私は思います。
グリフィスに会い、22巻の、剣の丘での問いの答えを聞かれ、その返答として平手打ちをしたリッケルト。『ベルセルク』の世界において、主役でもその仇でもなく、特異な能力も持っておらず、物語の重要なカギを握るわけでもない、少し目立つだけの端役と言って過言ではない彼が、世界の変革を成し遂げたグリフィス、いわば物語の中心であるグリフィスを前にして、その中身がなんであれ、一つの答えを示したあの姿に、私は強い感動を覚えるのです。
グリフィスとの戦いにより、二度の転生を経て終わりの魔獣と化したクシャーンのガニシュカ大帝が消滅し、理が破壊されてしまった世界。お伽噺に過ぎなかったはずのトロールなどの化け物が跋扈するようになり、民衆から平穏が奪い去られた世界。
世界の在り様が大きく変わってしまうという、非常にスケールの巨大な物語。それが『ベルセルク』です。当初こそ、人外の魔物を血みどろになりながら狩っていくという、ただの血生臭いだけのダークファンタジーという様相でしたが、過去編で語られた蝕とゴッドハンドの存在は、世界の根源に触れるものであり、世界の理、神の定めた運命とでもいうべきもの。しかし、人の身でありながらそれに挑むガッツという、圧倒的な規模の物語が、途中からはっきりと見えてくるようになりました。蝕の中でなす術なく贄となっていった鷹の団の面々は、世界の理に抗えない、抗っても爪一つたてられない弱い人間として描かれており、彼らと対比する形で、運命の大渦に呑みこまれまいとするガッツと、その渦から身を離し世界の側に身を置いたグリフィスという、対極の両者が鮮やかに浮かび上がったのです。
リッケルトは、その両者のどちらにも寄ることのできない、矮小な普通の人間です。物語の、世界の根源には触れえない人間です。それでもその彼が、世界の理を前にして、自分の意志でもって、一つの答えを出しました。憧れと、安寧と、恐怖と、切望と、様々な感情を、グリフィスと言葉を交わす直前まで胸に溢れさせながら、いざ面と向かったときに迸ったものは、自分への怒り、悔しさ、情けなさ。そして、訣別への強い決意。
大きな物語のなかで答えを出す。それは作り手にとって、その舞台を作ることだけで、非常に大きなエネルギーを必要とするものだと思います。それが、主人公ならざる矮小な一人の人間のためのものであるならなおさら。矮小な存在がそれでもなお世界を前にしてで屹立できるようにするには、いったいどれほどの舞台が必要なのでしょうか。物語の文脈。キャラクターの深み。微細な感情を表現しうる画力。語りすぎない台詞回し。そのどれか一つでも欠けてもしまえば、大きな物語の圧倒的な重力は、矮小な登場人物を瞬時に圧潰させてしまいます。
世界を前にして、奇跡のように真っ直ぐ立っていたリッケルト。その姿は、それだけで感動に値するのです。


受肉したゴッドハンドとなり、人間だった時の夢を叶えんとするグリフィス。彼を討ちたい思いとキャスカを助けたい思いに引き裂かれるガッツ。そして、その狭間で生きる普通の人間たち。異なる色の物語が交錯するこの作品、次の巻の発売が来年だというアナウンスには待ち遠しさが止まらないし、それ以上に来年発売とか信じられるかボケェ!という思いがキャントストップ。本当に出るのかなあ……


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