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漫画の話です。

死が二人を分かつまで 絶望の中のボーイ・ミーツ・ガール 『わたしのカイロス』の話

剣闘刑。それは、大罪を犯した者に科される、己の命でもって罪を雪ぐ罰。「咎人」となった罪人は辺境の星へ送り込まれて、その地の生物と、あるいは別の咎人と、命を賭けて戦うことになる。その戦いは、見せ物として視聴者に届けられる興行となり、咎人もまた,勝ち抜くことで恩赦を得ることができる。
平民として、貧しいながらも慎ましく暮らしていたグラジオラスは、貴族による平民救済プログラムに選抜されたものの、その貴族の耳を噛みちぎって逃走したために、剣闘刑に処されることになった。彼女が送り込まれたのは、機械ばかりが暮らす機械の星。そこで出会ったロボット、カイロスとともに剣闘刑を戦うことになった彼女は、無事家族の下へ帰れるのか・・・・・・

わたしのカイロス 1巻 (バンチコミックス)

わたしのカイロス 1巻 (バンチコミックス)

ということで、からあげたろう先生の処女単行本『わたしのカイロス』のレビューです。かわいいファンシーな絵柄と、一瞬で人の命が消えていく無残さと、ボーイ・ミーツ・ガールのさわやかさ。それらの魅力が渾然となった、素晴らしい作品です。
富と権力を握る一部の貴族階級と、それを支える大多数の平民で構成されている星アルパ。そこで暮らす主人公は、「はかなげ」や「あえかな」と形容するには少々たくましい平民の少女・グラジオラス。早くに父を亡くした彼女は、病床の母と元気な弟の三人で、父からかつて教わった狩りで生計を立てながら、つましくも平穏な日々を送っていました。しかしそれは、彼女が12歳になる誕生日に破られたのです。
「平民救済プログラム」
それは貴族による温情政策。いわく「「恵まれない」「可哀想な」平民の女子を選出し教育 16歳までの教育課程を修了した暁には,貴族に次ぐ地位と自由を与える」というもの。これで家族に楽をさせられると、喜び勇んで参加したのも最初だけ、プログラムに参加すると、家族からは隔離され、連絡も極端に制限されてしまいました。寂しさをこらえながら、同じくプログラムに参加した少女らとともに、数年間のプログラムを修めたグラジオラスでしたが、プログラム修了となる16歳の誕生日のその日、彼女を待っていたのは、バラ色に輝く「貴族に次ぐ地位と自由」などではなく、鮮血に彩られた血腥い惨劇でした。
自分以外の少女らが、プログラムの立案者である貴族、ジギタリス=グロリオーサによって惨殺されるという信じがたい光景。最後に残った彼女を手にかけようと迫るジギタリスに、必死に抵抗したグラジオラスは、彼の耳を食いちぎって逃走しました。
結果、彼女に着せられた罪名は傷害罪。それに科せられた刑は剣闘刑。貴族を傷つけた平民は本来なら家族共々即死刑、だが、剣闘刑を勝ち抜く間は家族も生かしておいてやる、もし最後まで勝ち抜けば、家族とともに恩赦をやろう、とジギタリスに言われたグラジオラスは、自身と家族の命を背負って、ただ一人、命を賭した戦いに身を投じることになったのです。
と、このようにハードな運命に巻き込まれたグラジオラスですが、狩猟生活で鍛えられた気配を読む能力があるとはいえ、それ以外の肉体面はまったくの平凡な少女。一人辺境の星に送り込まれて、勝ち残る自信などつゆほどもありません。
しかし、それでも勝たなければいけない。勝ち続けなければいけない。そうしないと死んでしまうから。自分だけでなく、母や弟さえ。本当にジギタリスが約束を守るかわからない。今母や弟がどうなっているかもわからない。でも、わからないからといって、何もしないわけにはいかない。何もしなければ、死ぬしかないから。絶望と隣り合わせの悲愴な覚悟で、彼女は戦いに臨むのです。
そうして最初に送り込まれたのが、機械の星。人間は人っ子一人いない、住人がロボットのみの星で、彼女が最初に出会ったのが、子供型の小さなロボットでした。なぜか他のロボットから爪弾きにされている彼と、たどたどしく会話をしながらコミュニケーションを取る内に、行動をともにするようになったグラジオラス。彼が寝起きしていた、砂漠に打ち棄てられた宇宙船名にちなんで、グラジオラスはロボットのことを「カイロス」と呼ぶようになりました。
カイロス。それはどこかの星に伝わる、チャンスの神様の名前。いわく、その神様の髪の毛をつかんだ者には幸運を与えてくれるのだけれど、なぜかその髪の毛は前髪しかなく後ろはツルツル、おまけにものすごい速さで駆け抜けていくので、タイミングを一瞬でも逃せば、もう二度とつかめない。そんなへんてこな神様。
そんなカイロスとの家族ごっこのような生活も束の間、剣闘刑開始の合図が顕れると、グラジオラスは彼に別れを告げ、一人戦いの場へ赴きます。
砂漠の真ん中。そこで彼女を待っていたのは、グラジオラスの戦い、という名目の殺戮ショーを一目見ようと、空中モニターの向こうで待ち構える何千という視聴者と、彼女の何倍もある巨大なロボットでした。強力なレーザー兵器を操るロボットに対し、グラジオラスが手にしているのはカイロスが作ってくれた一丁のナイフのみ。砂漠という環境を利用してなんとか一矢報いようとする彼女ですが、相手の圧倒的な火力にはなす術なく、彼女を殺そうとする無機質なモノアイと、嗜虐の色を湛える何千対の目から一身に浴びる視線の前で、死を覚悟しました。
しかし、そこに姿を見せたのがカイロス。恐怖に脚を震わせながら、彼は叫びます。
「僕ハ グラジオラスノ 武器ダ」
まさにチャンスの神様のごとく、グラジオラスの前に颯爽と現れたカイロス。言い伝えどおりに、彼に飛びつくグラジオラス。こうして彼と彼女は、「死が二人を分かつまで」と、ともに戦うことになったのです。
少女の覚悟と、少年の勇気と、それらをいともたやすく吹き飛ばす圧倒的な暴力。行くも地獄、帰るも地獄、行った先にも天国があるかはわからない。そんな絶望的なボーイ・ミーツ・ガール。かわいらしい絵柄の下に渦巻く、圧倒的絶望と一筋の希望。絶望を切り開くときに、痛みは避けられない。恐れてはいけない。
未来へ進むための傷を容赦なく描く力強さに、今後の展開が楽しみでなりません。
試し読みはこちら。
わたしのカイロス/くらげバンチ
今年度のお薦めランキング、上半期でかなり上位に食い込む新作です。是非に。


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