ポンコツ山田.com

漫画の話です。

季節の恵みを一杯のスープに 『オリオリスープ』の話

スープの中には季節がある。
デザイン事務所「トロポポーズ」で働く装丁デザイナーの原田織ヱは食べることが大好き。おなかが空いたら,アイデアに詰まったら,美味しそうなものを見つけたら,本能の赴くままに食事へ向かいます。数ある料理の中でも,特にスープが大好き。手軽に作れる。栄養も水分もとれる。体も心も温まる。四季折々の食材を使ったスープを飲んで,今日も織ヱは仕事に燃えるのです・・・・・・

オリオリスープ(1) (モーニング KC)

オリオリスープ(1) (モーニング KC)

ということで,綿貫芳子先生『オリオリスープ』のレビューです。
美人なのにどこか残念臭の漂う装丁デザイナー・原田織ヱが,仕事の合間に,一日の終わりに,お酒を飲む前に,季節の節目に食べる,旬の食材を使った汁物たち。食べることに幸せを強く覚える彼女の仕事ぶりや人間関係が,スープを中心に描かれています。
料理や食事にまつわる作品は最近本当に増えた印象がありますが,その種の作品に必要なのは,なんといっても,いかに食事を美味しそうに,幸せそうに食べているかだと思います。詳しいレシピや料理のうんちくが必要ないとは言いませんが,食事をとることで心も体もほっとする,読んでいる私たちも日常的に感じるその感覚を追想させてくれるような描写こそが,面白さの肝でしょう(それの逆張りをいった,『鬱ご飯』 という怪作もありますが)。
私の好きな食事漫画は、他に『きのう、何食べた?』『高杉さん家のお弁当』『まかない君』 などがありますが、本作がそれらと違う点が、誰かと食べることに主眼が置かれていない点です。挙げた三作品は、誰かと食卓を囲むこと、誰かのために作ることが前面に出ていますが、本作『オリオリスープ』は、あくまで季節感のあるスープを美味しく食べること。誰かと食べもするし、一人でも食べる。どう食べるにしろ、食べることに満足したい、食べることで楽しくなりたい。だって食べることは幸せなことなんだから。そんな気持ちが伝わってきます。
主人公の織ヱいわく,スープとは「汁気の多いもの全般」であり,「人に必要な栄養と水分を一皿で補える」ものである,そしてなにより「ホッとする」もの。「疲れてる時や元気が出ない時 一口飲むだけで心も体もあたたまる」もの。もちろん「簡単に作れる」ことも重要ですが。
この「一口飲むだけで心も体もあたたまる」というのは,本当によくわかります。私も職場にはインスタント味噌汁を常備してありますし,夕食にはお椀ものを一つ作るようにしています。和洋中なんであれ,メインのほかに汁物があると,消化の助けになるし,口の中もリフレッシュできる。また,おなかも膨らむので,食べ過ぎも避けられます。これからの季節は特に,温かい汁物のありがたさが身にしみるものです。手の込んだスープはもちろん,出汁の素と味噌と,ちょっとした野菜や乾物なんかでつくった簡単な味噌汁でも,あるとないじゃ食事の満足感が大違いですからね。
作中では,タイトルのとおり,季節感にこだわったスープ(広く「汁気の多いもの全般」)がよく出てきます。春に始まる第一話の,菜の花とベーコンのミルク煮,新じゃがのポトフ,オクラとミョウガのお吸い物,サバ缶の冷や汁,名残のトマトのラタトゥイユ,蕪のポタージュと,1巻最終話時点で秋になるまで,季節の食材を使ったスープが食べられているのです。スープ以外にも,梅酒や枇杷のコンポート,かき氷など,スープでなくとも季節感のある食べ物が登場します。各話のタイトルに時期が明示されているくらいですから(「第3話 5月上旬 ショウブとヨモギ」のように)、季節感を意識しているのがよくわかります。
季節感のある食べ物を登場させる時,当然必要になるのが季節そのものの描写です。さわやかな風の吹く春。夏の気配が取って代わり出す6月の頭。蒸し暑さにうんざりする梅雨の最中。夏影の色濃くなる初夏。線香の煙漂うお盆。花火に切なさが灯る晩夏。稔りがあふれ出す秋口。少ないながらも要所に描かれる季節感が,食事の風味をいや増してくれています。
特にいいなと思ったのが,夏らしさを感じさせる描写で,私がそれを感じるのは,夏の強い日差しそのものよりも,日差しから生まれる濃い影なんですよね。日差しの明るさではなく,日陰の中の暗さ。明るさのコントラストが,光の強さを際だたせるようです。そんなコマがちょっとあるだけで作中の夏らしさは,読んでいる今が晩秋であろうと,焼けるアスファルトの匂いと一緒に浮かび上がり,食べられているかき氷やミョウガとオクラのお吸い物なんかに喉が鳴るのです。おいしそう。
みんなが仕事でキリキリする中でも,ふと思い立ってスープを作り出す織ヱですから,自由奔放に生きているように見えますし,実際そのとおりなのでしょう。論理や理屈ではなく,フィーリングでものつくりに取り組み,周りをあっと言わせるようなものを生み出す織ヱの姿に,呆れる人もいれば感心する人もいて,妬む人もいて。そして,奔放に見える織ヱにも,やっぱり暗いとげが刺さっていて。慕っていた祖父の死や,家族との折り合い。まだ明かされてはいませんが,とげはそれなりに大きそうです。美味しい料理は,甘い辛い酸っぱいいしょっぱいの単純な味だけでなく,苦みやえぐみ,青臭さなんかの一見マイナスに思えるものも味の奥深さに貢献しているように,癖のある人間関係や人となりが,物語の展開に奥行きを加えています。
季節感を味わいながら読み進めれば、思わずスープが欲しくなってしまいます。
試し読みはこちらから。
オリオリスープ/綿貫芳子 モアイ


お気に召しましたらお願いいたします。励みになります。
一言コメントがある方も、こちらからお気軽にどうぞ。