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遺伝子の海で生きる、ヒトとヒトならざるものと『螺旋じかけの海』の話

遺伝子操作が産業化し、複数の遺伝子を掛け合わされた生物・キメラ体が多く生み出された世界。そしてそこは、ヒト種優生保護法により、ヒトとしての人格を持ちながらヒトではないとされ、差別や迫害に苦しむ、あるいは金持ちの玩具として売買されるものが生み出された世界でもある。
音喜多涼彦(おときたすずひこ)はそんな世界で、遺伝子操作を生業とするモグリの生体操作師として生きていた。半分水没した都市に浮かぶ船上で、居候で助手の雪晴と暮らす彼の下には、治療を待つ傷ついた動物や、ヒトならざるヒトが身を寄せる。
ヒトとはなにか。ヒトではないとはどういうことなのか。境界のあわいを生きるヒトたちは何を思うのか……

螺旋じかけの海(1) (アフタヌーンKC)

螺旋じかけの海(1) (アフタヌーンKC)

ということで、永田礼路先生『螺旋じかけの海』のレビューです。
時は近未来。遺伝子操作が発達した世界で、その技術は医療のみならず、嗜好娯楽のためにも利用されていました。すなわち、遺伝子を操作した生物が愛玩用に飼われているのですが、問題なのは「生物」のカテゴリが人間にまで及びかねないことです。
倫理や道徳が技術に追いつかないのは世の常。ヒトとそうでないものをいかに分かつか。社会が庇護するべきヒトとは誰なのか。
その問いに一定の解決を与えるために制定されたのが、ヒト種優生保護法です。異種遺伝子が組み込まれ、ヒト以外の種の組織が15%以上含まれている存在をヒトではないものとし、人間を対象とする法の庇護から外しすことにしたのです。
外観がいかにヒトのようであっても、ひとたび遺伝子と体組織の割合が基準から外れれば、それはもうヒトならざるもの。それを殺したところで、殺人の罪に問われることさえありません。それゆえ、もし秘密裏に人間へ遺伝子操作を施し、遺伝子や体組織の割合を変えてしまったら。胚の段階で調節をして、後天的に非ヒトの部分が発現するようにしたら。
こうして、世には、持つ者のために不法な遺伝子操作を施されてしまった持たざる者、ヒトならざるものが生まれてしまっているのです。
音喜多は、そんな世にモグリの生体操作師として暮らす中年男性。不真面目でちゃらんぽらんな性格で、不安定な社会の中で、時として警察に追われながら、遺伝子の操作による整形術や治療を生業としています。
そして、彼自身もまたヒトならざるもの。普通は、本来の種以外に一つの遺伝子しか掛け合わされないものを、彼には一体いくつの遺伝子が組み込まれているのか、ちょっとしたことがきっかけでさまざまな種の遺伝子が発現し、鱗が形成されたり粘液が染み出たり尻尾が生えたり。当然それら体組織の割合は15%以上。法的に彼は、ヒトではありません。しかし、彼が生体操作師として暮らしていけているのは、まさにその体質のおかげです。自分自身の体質と長く付き合ってきたからこそ、他者の遺伝子操作にも熟達するし、異なる遺伝子の発現に苦しむヒトの気持ちもわかる。彼の周りには、そんなヒトやヒトならざるものが集ってきます。
この、人の道徳や法が少しささくれてしまった世界で、ヒトはどう生きるのか。ヒトであったはずなのにヒトでなくなってしまったものはどう生きるのか。ヒトの意識を持ちながらヒトでない形を選んだものの人生は。
そんな難度の高い問いを、静かに問い続けていくような物語です。たとえば第三話では、中島敦の『山月記』を下敷きにしたと思しき話が描かれています。人里はずれた川べりに住むワニ、ウドーは、かつてヒトだったもの。スラムで食い詰めたところでワニの形質が発現し、研究所の人間に捉えられ、人権の剥奪された被験体として生きていたのですが、別の研究所に移送される途中で事故に遭い、たまたま通りかかった音喜多に連れられて、彼の船へ身を寄せました。ウドーを治そうとした音喜多でしたが、ワニの体組織が余りにも多く発現してしまい、恐竜人間と見まごうばかりになってしまったウドーを人間に戻すことはほぼ不可能で、結局彼に三択を突き付けることしかできませんでした。すなわち、施設に戻るか、死ぬか、あるいはワニとして生きるか。
最終的にウドーが選んだのは、ワニとして生きることでした。ヒトとしての意識を持ちながら、生体としては完全にワニになる。ただ、人工声帯だけはつけることで、人間、といっても音喜多と助手の雪晴くらいしかいないのですが、会話をすることを可能にしました。それと、歌。周りに鳥や魚や植物しかいない孤独な自然の中、ウドーはヒトの意識を保つために、歌を歌っていました。そしてそれは、彼が研究施設で過ごしていた時に身に着けた習慣でもあります。歌を歌っている時だけは、彼は自分が人であると思えたのです。
しかし、ワニの身体と生活は、いつしかヒトの意識を薄れさせます。ウドーの経過を見るため定期的に彼の下を訪れる、恩人にして友人である音喜多や雪晴に対してさえ、次第に見る目が変わっていってしまうのです。
完全にヒトの意識がなくなってしまう前に、ウドーが選ぶ道は。音喜多らが選ぶ道は。
乱雑な社会の中で、さびしいものたちが寄り添うように、傷を舐め合うように生きている。ちょうど今時分の冷たく乾いた空気が漂っているような世界の雰囲気がいい感じです。自身もヒトから外れている音喜多が、この先ヒトと、ヒトならざるものとどうかかわっていくのか。彼はどうなっていくのか。今後の描かれ方が気になる作品です。
第一話の試し読みはこちらから。
螺旋じかけの海/永田礼路-モアイ


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