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五人の作家によるそれぞれの蟲の物語 『蟲師 外譚集』の話

蟲。それは、私たちが普段知るものとは別の形をした命。より生命の現生体に近いもの。此処にも、其処にも、彼処にも、到ところに蟲はいるけれど、それを見ることのできる者は少なく、共に在る術を知る者はさらに少ない。
蟲と共に在る術を知る者、人は彼らを蟲師と呼ぶ。
古来より蟲師は、蟲と人との間で生きてきた。昔もいるし、今もいる。蟲と、蟲師と、蟲に触れた人達を、五人の作家が描き出す……

ということで、漆原友紀先生『蟲師』のトリビュート作品集『蟲師 外譚集』のレビューです。
五人の作家が紡いだ五つの蟲の物語。
蟲師を騙ったある男が招いた悲劇とその末路を描いた「歪む調べ」(熊倉隆敏)。
鄙びた温泉地へ案を練りに訪れた漫画家と寡黙な青年が出会った「滾る湯」(吉田基已)。
夕刻の海で少女が見つけた蟲と蟲師「海のちらちら」(芦奈野ひとし)。
少女が彷徨う誰もいないの秘密「組木の洞」(今井哲也)。
行方不明の母親の捜索を頼まれた探偵が近づいた、蟲と一人の孤独な男「影踏み」(豊田徹也)。
普通の人には見えない蟲。でも、それの存在に気づいたときもさほど驚くことはなく、蟲は緩やかに日常の中に入り込み、そしてまた過ぎていく。日常と非日常は薄皮一枚隔てたものでしかないとでも言うように、容易く日常と同化して、薄皮一枚が必ずあるとでも言うように、また目の前から去っていく。
時として人は、手の触れられないそれに憧れ、求め、楽しみ、悲しみ、惑わされ、騙され、連れ去られ、放り出される。でもそれは、誰が悪いわけではない。善い悪いではない。それはそういうものなのだから。人と違う理で存在するものに、人の規矩を当てはめてはいけない。人が知るべきは、その扱い方ではなく、それとの付き合い方なのだから。
五者五様の物語であるけれど、そこに漂う空気には共通するものがあります。それは、どこか浮世離れした空気。彼岸と此岸を渡る風。山深き廃村で暮らす一人の男の下にも、朗らかな田舎の温泉場にも、風遊ぶ夕暮れ時の海辺にも、がらんどうの新宿駅にも、健康な夏の日にも、人と人ならざるものを繋ぐ縁となる空気が漂っているのです。後味の良い物語にも悪い物語にも、それが確かにある。そしてそれは、原作にもある空気。
この作品集は、原作を知らない人でもきっと楽しめるでしょう。実際、原作に登場する主人公ギンコは、「海のちらちら」の中でそれらしい人物がほんの少し登場するだけで、五作ほぼ全編にわたって、原作の要素を取り入れつつも、参加者独自の物語となっています。蟲という、人などよりもいっそう根源に近いところにいる生命体について思いを馳せられるのであれば、そこで描かれる人が誰でなければいけないということはないのです。
描く人は違っても作品が含む空気は似ていて、それだけ各参加者がこの作品の空気を感じ取っていたということでしょう。
こんな穏やかな春の晩に読むと、何かいるのではないかと、思わず窓の外の闇を見てしまいますね。
蟲師』を知っている人にも知らない人にも、お薦めです。


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