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ゴミ山で暮らす二人の、奇妙でさびしい日常『ビーンク&ロサ』の話

ゴミ山の片隅に放置されている、壊れたキャンピングカー。ビーンクとロサは二人でそこに住んでいた。まだ少年と言ってもいいビーンクと、まだ少女と言うほかないロサ。学校へも行かず働きもせず、時々怪人の一味の手伝いをして、二人で暮らしていた。盛り上がらず、落ち着かず、不安で不穏な、先の見えない二人の奇妙な日常は、いつからか始まり、いつか終わっていく……

ビーンク&ロサ

ビーンク&ロサ

ということで、模造クリスタル先生の商業デビュー作『ビーンク&ロサ』のレビューです。ビーンクとロサの二人が暮らす日常と、彼と彼女を取り巻く世界や人々を脈絡なく切り取った、とてもさびしさのある作品です。
そう、私はこの作品に、何よりさびしさを感じました。
その源は、まず主人公の一人であるビーンク。まだ10代であろう彼は、学校にも行かず定職にも就かず、ゴミ山の打ち捨てられたキャンピングカーで、ロサとふたりで暮らしています。彼がなぜそんな生活をしているかと言えば、物心つくかつかないかの頃に怪人たちに拉致され、その保護下に置かれていたから。だからというか、彼は人と接するのがひどく苦手で、基本的な読み書きも不得手。社会的能力が著しく低い。
具体例を挙げましょう。とある人に会うため、彼はロサと出かけました。その人に会うためには電車に乗らなければなりません。ビーンクは予め地図を見ておきましたが、途中で乗るべき電車を間違えてしまいました。それをロサに指摘されましたが、彼は「次こそ大丈夫」と新たな電車に乗り、そしてまた間違え、また指摘され、また間違え、また指摘され、また間違え、ついには目的地は全く関係ない終着駅まで行ってしまいました。間違えても間違えても、ロサに指摘されても指摘されても、彼は次の選択が正しいか誰かに確認することもせず、また間違えているかもという不安を抱えたまま次の選択を断定し、結果、一人で間違え続け、どん詰まりまで行ってしまったのです。
これが第一話。失敗して失敗して、それで絶望してしまった男の姿が、第一話で延々と描写されています。言ってしまえば、たかだか電車の乗り換え。それを間違えただけで、絶望の淵に沈んでいる男。それがこの作品の主人公なのです。
この、なんてことない失敗でくよくよする男を、ポップな絵柄で描かれると、私は非常に切ない。それは阿部共実先生の作品にも通じるところがあるのですが、あちらの作品は心がざわつくのだとすれば、こちらの作品は心がさびしくなる。
主人公のビーンクが、自分自身の不能を自覚し、でも諦めきれず挑戦し、でもやっぱり失敗してしまう。その失敗はビーンクを蝕んで、あらたな挑戦を挫けさせようとするのだけれど、それでもなんとか這いずるようにして新たな挑戦に手を伸ばし、また失敗する。そのくりかえし。変わろうとして、変わろうとして、変わろうとして、でも変われない、壊れたレコードのように、自分の尾を追いかける馬鹿な犬のように、同じところをぐるぐる廻っているビーンク。でも、レコードの溝はいつしか擦り減り、疲れた犬はいつしかへたり込む。人生の時間が無為に摩耗し続けているような、そんな空虚さと、恐怖と、さびしさ。それが私がこの作品から、ビーンクから感じるものです。
私がもうこの作品でどうしようもないほど共感してしまったのは、第4話でビーンクが見たという彼の夢の話です。
彼が見た「すっごい怖い夢」。それは「電車乗り過ごして…… 駅で泣く夢」。「何回も乗り間違えて… 自分の今いる場所もわからなくなって… そんなことしてるとどんどん遅れて 最後の電車に間に合わなくなってひとり駅のホームに取り残されて泣く」夢。
怖い。私もそれが、すっごい怖いです。
自分が何か失敗をして、一つの失敗がまた失敗を呼んで、それが重なって状況はどんどん悪化して、自分一人が周りから置いていかれて、最後にぽつねんと取り残されて、終わる。
前世で何かあったのか、あるいはDNAレベルで刻まれているのか、私はそういう状況に強烈な恐怖を覚えるのです。このビーンクの夢は、その恐怖を現実にあり得そうなレベルでイメージ化されたもので、今夜あたりそんな夢を見るんじゃないかってくらい私の脳内に浸み込んできました。
この恐怖。孤独。さびしさ。私には珍しく、感情移入ではなく、共感という次元で作品にはまりこんでしまったのです。

そんな悪夢の共感はさておき、彼のそばにいつもいる少女ロサ。彼女がまたこの作品のさびしさを強めています。ビーンクよりもだいぶ年下のロサは、彼よりもずっと大人びた性格で、ふらふらはっきりしないビーンクに辛辣な言葉を投げかけたり、あるいは行動のフォローをしたりと、まるで彼女が保護者かのようです。でも彼女はビーンクによく懐いており、自分から離れて一般社会に戻るようビーンクから言われると、明確に拒絶しへそを曲げます。
不器用ながらも、ビーンクと一緒にいたがる彼女。彼から離れない彼女。そんな彼女がいるからこそ、ビーンクから漂うさびしさが色濃くなる。世界から切り離された少年と、その少年に寄り添う少女。影の中のわずかな光は、闇を振り払うほどの力はなく、むしろ周囲の闇をいっそう深めてしまう。わずかでも光があるからこそ、人はその光を手放すことができず、そこに居続けてしまう。
実のところ、ビーンクもロサも、世界から孤立しているわけではありません。怪人たちの組織が彼らの生活を支え、少ないながらも人的交流は存在しています。それでもビーンクには、さびしさがある。自分は周囲と親しくすることはできないと思いこんでいる節がある。自分の不能が周りに受け入れられるわけがないと勝手に諦めているように見受けられるのです。
もしかしたらそれは、私の深読みなのかもしれません。彼の悪夢に過剰に入れ込んでしまった私が、勝手に彼のさびしさを増幅させてしまっている可能性は、大いにあり得ます。でも、そう感じてしまったのです。
実のところその2、この話はビーンクばかりにスポットが当たっているわけではありません。まったく脈絡なく、肉の描き方や、漫画のつくり方、寂れた地方都市のゆるキャラデザインの話なんかが出てきます。その落差というか、明後日な話の飛び方というかに面喰いもするでしょう。けれどその、悪い意味でなく上滑った脈絡の無い話が、ビーンクというキャラクターを飛越し、作品全体に妙な空虚さを与えているように思えます。なんだこれ。
そんなこんなで、ストーリーは進まずに話だけは進み、最終話には、さしたるハッピーエンドもバッドエンドもカタルシスも無く、ぽかんと何かに取り残されたような感覚だけがわだかまって、終わりを迎えます。放り出されるのでなく、取り残される。なんだか世界が、ちょっと遠い。
もう一度言いますが、私にとってこの作品は、とてもさびしさを感じさせるものでした。他の何かと比べがたい、唯一無二のさびしさ。
これを万人に薦めたいかというと言葉はつまりますが、共感してくれる人が多かったらなんだかうれしいな、とは思います。
マトグロッソ ビーンク&ロサ



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