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漫画の話です。

嫌いなゲームで私はあなたを倒す 『Wizard's Soul 〜恋の聖戦〜』の話

Wizard's Soul。それは国際的に人気のカードゲーム。進学も就職も、恋も友情も、これが強ければオールオッケー。そんな、今とは少しだけ違う日本で、女子中学生の一之瀬まなかは苦悩していた。理由は甲斐性のない父親。腕も無いくせに賭けカードで生計を立てたいと無謀なことを考えていた父がある日詐欺に引っかかり、抱えた負債が一気に600万。甲斐性のない(二度目)父親と双子の妹を養うために、彼女は決意をする。今まで隠していたカードの実力を使い、大会に出てお金を稼ぐことを。大会出場に必要なポイントを得るために、彼女が相手に選んだ、否、選ばざるを得なかったのは、クラスメイトで、ずっと好きだった男子の櫻井瑛太……

ということで、秋★枝先生『Wizard's Soul 〜恋の聖戦〜』のレビューです。カードゲーム、いわゆるTCGが異常なまでに優遇されている世界で繰り広げられる、ありきたりなラブストーリー(自称)。はっきり言って、TCG部分の説明は極めて不親切。皆無ではありませんが断片的であるため、どういうシステムで勝負が進んでいくのか、現実に同種のゲームをやったことがある人でないとよくわからないと思います。中学生時代にほんのちょっとかじっただけの自分は、ゲーム部分をなんとなくおぼろげに漠然としか理解していません。でもそれはいいんです。その不親切さはきっと確信的。別にわからなくてもいいやと思っているに違いありません。だって、わからなくても面白いから。
主人公のまなかは、甲斐性のない(三度目)父親のせいで、中学生ながらカードショップでバイトの日々。店に来た小学生らに勝負を挑まれても、適当に勝ったり負けたり負けたり負けたりの、たいして強くもない子でした。ですが、甲斐性のない(四度目)父親がもうどうしようもないレベルの借金をこさえてきたために、嫌々ながら彼女は、隠していた牙を剥き出さざるをえなくなりました。大会に出るためには公式ポイントが無くてはならず、それを貯めるには、大会で勝つか、すでにポイント持っている人に勝って奪うか。大きな大会に一刻も早く出ようと思えば、小さい大会にちまちま出場している余裕はなく、彼女が選んだの後者の方法でした。そして、身近にいる相手でそれだけのポイントを持っているのは、クラスメイトで、ずっと好きだった瑛太くらい。自らの恋心と、家族を天秤にかけ、まなかは心を鬼にして瑛太を倒す覚悟を決めたのです。
まなかの使うカードデッキは、パーミッションと呼ばれるタイプ。簡単に言えば、相手の行動を妨害してこちらが一方的に行動するような戦略。高度なプレイングを要求される上級者向けのデッキだけど、使いこなせばすさまじく強いし、そしてすさまじく友達を失くす。だって、相手にしてみれば自分が何もできないでいるうちに一方的に体力を減らされるのだから、フラストレーションが溜まらないわけがない。嫌われます。
それをまなかは、瑛太に向けて使ったのでした。それこそ鬼のような強さで瑛太に三連勝し、彼が一年かけて貯めたポイントを根こそぎ奪ったのです。なかば騙し討ちのような形で負けた瑛太のプライドは大きく傷つき、覚悟はしていたものの、打ちひしがれた彼の姿を見て、まなかは自分の恋心をほとんど諦めざるを得ませんでした。
しかし複雑怪奇なのは人間の恋心。実はもともとまなかのことが好きだった瑛太は、彼女にそんな負け方をしていっそう、彼女のことを好きになってしまったのです。
こうしてまなかは、瑛太のポイントで大会に出場することになりました。出場者たちは、一癖も二癖もある者ばかり。
かわいくないし性格が悪いけどカードが強いから自分はモテている、と自覚している女性プレイヤー。
特殊条件での勝利ばかりを目指す、夢あふれるプレイスタイルのプレイヤー。
奇抜な格好とビッグマウス、そしてそれに見合った実力の個性派プレイヤー。
自己評価は低いけど実際は強い、カードを辞めようと思ってもずるずると辞められないでいる妙齢のプレイヤー。
その表象の仕方に差はあれど、大会に出るようなプレイヤーたちは皆カードが大好きです。買ったカードパックを開封する時の高揚感。集めたカードでどんなデッキを組むか考える戦略性。実際に誰かと対戦して、刻一刻と変わる場と相手の手札を読んでいくタイトな即応性。全力を傾けた勝負に勝った時の、この世の全てに肯定されたような喜び。負けた時の、自分を全否定されたような辛さ。そういう諸々をひっくるめて、Wizard's Soulを愛して止まないのです。
けれどまなかはそうじゃない。彼女にとってWizard's Soulは、母親との辛い思い出と強く結びついているのでした。彼女の母は既に故人ですが、病弱であったために、まなかが幼い頃からずっと入院が続いていました。お見舞いへ行く度にまなかは、病床の母とWizard's Soulで遊んでいたのですが、その様子は遊びなどではなくむしろ修行。苦行。極悪なカード戦略で、まだ幼いまなかに一切の手心を加えることなく圧勝し、ゲーム後には今の敗因をまなかに考えさせるなど、まさしく修行です。そんなまなか母はパーミッション使い。そう、まなかの使うパーミッションは、母親譲りだったのです。
ねちねちと相手の心を泥沼に沈めるような戦いぶりは病魔に苦しむゆえだったのか、ゲームをしている時の母親は、決して楽しそうではありませんでした。「現実が辛ければ辛いほど ゲームでの引きがいい」とうそぶく母は、まなかの目には、これ以上生きることを諦めているように映っていました。病気が悪ければ悪いほどカードが強くなれる。それでいい。そう考えているように思えてしまったのです。
まなかは、自分が勝つことで母の言葉が違っていることを証明しようとするのですが、結局母が死ぬまで一度たりとも勝つことはありませんでした。
死と隣り合わせの母と続けたゲームと、その母から教わった戦い方。中学生女子がお気楽にゲームを楽しむには、それはあまりにも厳しい呪縛でした。
まなかにまとわりつく呪縛は、2巻3巻の表紙で印象的に表れています。カードを持つまなかは、ひどく暗い表情。せっかくの表紙だというのに。
作中で彼女は何度も言います。カードは嫌いだと。それでも彼女は、家族のためにカードをしなければならない。好きな人を負かしてでも。この屈折した気持ちと恋心は、いったいどこへ向かっていくのでしょうか。
人間の心理を、理屈っぽくならないギリギリのラインで理路立てて描いていく秋★枝先生の筆は、本作でも冴えています。今後が楽しみですたい。


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