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『3月のライオン』「自分の大きさ」を晴々と知った零の話

衝撃の展開を迎えた『3月のライオン』10巻。

マジすかと口をあんぐり開けざるを得ない零の活躍ぶりが燦然と輝いた巻ですが、それとは別に、やり直した高校生活の三年目を迎えた彼が、恩師・林田の言う自分の「気持ちのおさまり場所」を見つけた巻でもありました。

――結局何も変わらなかった
「クリアしなきゃ」と何度も体当たりして
いっぱいケガして泣いたクエストは
ラスト まさかの
「ま もういっか」っていう
考えてもみなかった着地点におさまった
3月のライオン 10巻 p56)

作中ではほとんど語られていない零の一度目の高校生活は、「色々あっ」たために中途で諦めたのですが、「逃げなかった記憶」を手に入れるために、彼は二度目の高校生活へ挑んだのでした。

「…えーと 僕は本当に将棋にしか特化してないんです
人付き合いも苦手だし
勉強は好きだけど 学校にはなじめませんでした
人生を早く決めた事は後悔していません…
でも 多分 「逃げなかった」って記憶が欲しかったんだと 思います」
「……
――… そうか…
「逃げたり」「サボったり」した記憶って 自分にしかわからないけど…………
ピンチの時によく監督に「自分を信じろ」って言われるんすけど
でも 自分の中にちょっとでも「逃げたり」「サボったり」した記憶があると 「いや…だってオレ あの時サボったし…」って思っちゃってそれができないんです
だから 上手く言えないけど そういうの失くしたかった……って事ですよね」
「… うん」
(2巻 p48〜50)

今まで、答の簡単に出ない難問にぶつかると零は、そこから目を逸らすようにして将棋に打ち込んでいました。主観的にはそれは「逃げ」だったのですが、彼が目を逸らし続けていたもの、そして一度は逃げてしまったものの一つである学校に対して、「逃げなかった記憶」を得るために、二度目の高校生活を決めたのです。
とはいえ、「逃げなかった記憶」のためにやり直した高校生活も、当初は一度目のときと同じく、自分の居場所がないもので、林田からも「何の為に高校入り直したのかわかんないなぁ」と言われる始末でした。
ですが、林田との出会い、科学部(後の将科部)との出会い(間接的には川本家との出会いも)を通して、学校で自分の居場所を作ることができたのです。

さて、9巻が発売された時に私は、こんな記事を書いていました。
『3月のライオン』「自分の大きさ」を知らない高城と知りつつある零の話 - ポンコツ山田.com
9巻で老教師・国分が高城に向けて言った言葉が、零にも通じるところがあるなと思って書いたものです。

なあ高城… お前は多分 今 不安で不安でしょうがないんだな
何もやった事が無いから まだ自分の大きさすら解らねえ… ――不安の原因はソコだ
お前が何にもがんばれないのは 自分の大きさを知って ガッカリするのがこわいからだ
だが高城 ガッカリしても大丈夫だ 「自分の大きさ」が解ったら 「何をしたらいいか」がやっと解る
自分の事が解ってくれば 「やりたい事」もだんだんぼんやり見えてくる
そうすれば… 今の その「ものすごい不安」からだけは 抜け出る事が出来るよ それだけは
俺が保証する
(9巻 p19,20)

記事では、零が将棋の面で「自分の大きさ」を知ろうともがいていると書いたのですが、10巻を読んで、それが学校生活の面でも言えるものであるのだと気づき、そして零が現段階での「自分の大きさ」を認めることができるようになったのだと、わかったのです。それも「晴々」と。
二年余りの二度目の高校生活で零が見つけた、「逃げなかった記憶」の「落し所」は、「まさかの「ま もういっか」っていう 考えてもみなかった着地点」でした。それは「なんとまあ情けない幕切れ」と自嘲しながらも「不思議と晴々として」るものなのですが、この「晴々」という言葉こそ、零が「自分の大きさ」を認められたことを強く象徴していると思います。
それが何に見られるかと言えば、修学旅行に行けないとわかったときの零の姿です。
結局やり直した高校生活でも零は、移動教室や修学旅行などの高校生らしいイベントへ参加することがなく、また、むしろ参加したくないという思いが変わることはなかったのですが、そう思った自分自身への気持ちは、大きく変化しています。

「でも残念だよなぁ 移動教室ったら学生時代の一大イベントなんだけどなぁ」
「… はい」
――確かに僕は少々がっかりしていた
「参加できなかった事」にではなく 行かずに済む事に「内心ホッとした」自分にだ
(2巻 p14,15)

という高1(二度目)のシーンから

「結局 やり直した高校生活の3年間も 移動教室修学旅行と いっこも行かずに終わりだなぁ…」
「はい」
「何だよその サッパリした顔は」
(10巻 p54)

という高3のシーン。
よく知らないクラスメートと何日も一緒に過ごすという非常に気の進まないイベントを回避したことについて、「内心ホッとした」自分にがっかりする零と、行かなくて済んだ喜びを「サッパリした顔」で認める零。そのように変われたのです。
国分の言うとおり、ガッカリしても大丈夫だったのです。高校生活にガッカリした自分がいても、「「クリアしなきゃ」と何度も体当たりして いっぱいケガして泣い」て、「涙と鼻水まみれでとっ組み合った」ことで、自分の大きさがどれくらいなのかが知れ、現時点での一つの結論を受け容れられるようになったのでした。
今は小さくてもいい。今の自分は小さいのだ。その上で、今何ができるのか。
社会性がいびつさを自ら認める彼が、幾多の出会いを通して、そのいびつさを「晴々」と受け容れられるようになった。それはつまり、「自分の大きさ」を知って、「ものすごい不安」から抜け出せたということです。苦しくとも辛くとも、もがいてもがいてもがき続けた零は、その努力でもって「今よりマシな人間」になれたのです。
この精神状態の大きな変化が、育ての親の幸田母をして「随分と雰囲気がやわらかくなった 大人になった」と言わしめ、対局相手のプロ歴20年の入江をして「慎重でおそろしく静かな将棋」と言わしめたのでしょう。そして、10巻ラストのあの衝撃発言につながるのでしょうか。
どうなるの? 11巻はいつ? いつなの?



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