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「こども」が踏み出す「おとな」への一歩 『アマリリス』『スイミング』の話

母親が作った借金のために、「おとなのおみせ」で女装して働くことになった11歳の少年ジャン。それまでの平凡ながらも幸せな生活が壊れてしまった中で出会った、同い年の少年ポールとの交友に唯一の慰めを見つけていたたジャンだけど、自分が汚いものになっているような感覚は日に日に膨らんでいき、ある日ついにジャンは・・・・・・。「アマリリス
運動が得意なオサム君は、同じクラスのマドカさんが少し気になる。クラスは一緒で、通うスイミング教室も一緒、だけど言葉を交わすことはほとんどなくて、という微妙な間柄で、それまでは特段気にすることもなかったのに、中学卒業も間際というある日、マドカさんがスイミングを辞めるということをたまたま耳にして以来、なんだか気になってしまう。このそわそわする気持ち、どうすればいいんだろう・・・・・・。「月・水・金はスイミング」
今まで発表されてきた短編を、2冊まとめて刊行。

ということで、福島鉄平先生の同時発売短編集『アマリリス』『スイミング』のレビューです。『サムライうさぎ』最終巻の発売から早6年。次の単行本はいつかと心待ちにしていましたが、ようやくの発売です。思えば『サムライうさぎ』をとりあげた記事が、当ブログで初めて大きな反響のあった記事で、それもあってか非常に感慨が深いです。
今回レビューの『アマリリス』『スイミング』は、収録作品すべてが一話完結の短編。傾向としては、『スイミング』はいかにも少年誌らしい作品群。少年少女の甘酸っぱかったりほろ苦かったりする感じがつまっています。対して『アマリリス』はちょっとアダルト。6作品(内1作は「アマリリス」の後日談)収録の内3作品に、少年娼や女装少年、百合などの変化球な性癖が登場します(それがメインというわけではありませんが)。特に「アマリリス」。あの頃『サムライうさぎ』を読んでた僕らは、福島先生が女装少年娼を描く未来が来るなんて思ってもいなかったよ……。とはいえ、変化球が織り交ぜられつつも根っこのところでは、年頃の少年少女たちが抱くいかんともしがたく持て余す心という、ド直球のテーマが投げ込まれています。
女装少年を愛でる「へんたいのおじさん」たちに媚を売らざるを得なくなった自分の汚さと、そうなってからの唯一の友人となった相手の純真さ。そのどうしようもない落差に、安らぎと痛みを同時に感じざるを得ない「アマリリス」。
地方貴族の父の下、蝶よ花よと育てられた少女が孤児院で暮らすこととなり、気位の高さから周囲と馴染めずにいる中で、同じく一人でいる少女と孤独の傷を舐め合う「ルチア・オンゾーネ、待つ」。
女子に近寄ることさえひどく気恥ずかしいものと思ってしまう思春期炸裂の少年が、自分への好き好き光線をまき散らしている少女と組んで行事に参加せざるを得なくなった「あんねちゃんたろう」。
女子より圧倒的に子供な中学二年男子が、地球より重い恋心の重大性を初めて思い知る「反省してカメダくん」。
その他いろいろ、硬軟入り混じる思春期の感情が取り揃えられております。
さて、本短編集で特徴的なのは、「語り」が多用されている点です。語り部が未来の主人公であったり、作中での登場が明言されない主人公の知り合いだったり、誰ともつかない神の視点だったりと立場は様々ですが、それらの存在が意味するのは、これらの出来事が既に起こったことであり、物語として語られるために誰かの手によってまとめられたことが明らかにされている、ということです。誰かが誰かのために聞かせる物語。物語の冒頭に語り部による文言が挿入されることで、そのような体裁が明示されています。
語りがあることで読み手が想起する感覚。それは、まだ幼い時に読んだ絵本の、あの思い出です。語り部の、幼い子供に聞かせるような柔らかい語り口は、私たちは物語の中へするっと滑り込ませ、少年少女たちと同じ地平に実にたやすく立たせます。語り部がいるということはそれが語られているということであり、いま現にそこで起こっているものではないということがはっきりさせられているわけです。にもかかわらず、その語りがあるからこそ、幼い頃に読んだ絵本のように、不思議な臨場感とともに読み進めていけます。
『スイミング』の帯には「“こども”だったあなたへ」。『アマリリス』の帯には「“おとな”になったあなたへ」。そんな言葉があります。このお話たちの主人公に「おとな」はいません。読む人がかつてそうだった、あるいは今真っ最中の「こども」が「おとな」へと一歩を踏み出す物語です。「こども」の殻が一片ずつ剥げていくその場に、かつてを思いだしながら居合わせるもよし、自分もこうなるのかと期待しながら居合わせるもよし、誰をも読ませる物語たちです。
自分が一番好きなのは、『アマリリス』収録の「私と小百合」。ひょんなことから女装をすることになった少年と、彼が普段苦手に思っていた強面の級との物語で、なぜか三島由紀夫の小説を思い出しました。あえて作り物めいて描かれている主人公の少年/少女がとても耽美。そして、的に中った矢から落ちる影もまた耽美。全編を通じて張りつめていた脆い美しさが、最後に根を張った強さに変わるのが、素敵でもあり、勿体なくもあり。
さあ、福島先生の次の活躍の場はどこになるのでしょう。期待して待ってます。


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